表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/42

023 領主


「それじゃあ聖女様はミルタ街の治安を何とかしようと、お一人でやって来てくださったのですか?」


「えっと、はい……」


 以前と同じ部屋で話す二人。

 シスターはこれまでの話を纏めるように、リリアンヌに確認する。

 若干、リリアンヌの視線が下がっているのはその行動の無謀さを理解してのことだろう。


 これまで何度も巡礼を通して聖女であるリリアンヌと話してきたシスターも今回のリリアンヌの行動には、さすがに賛成しかねていた。

 いくらリリアンヌが大貴族の一人娘で、聖女だとしても、出来ることと出来ないことはある。


 とはいえ恐らくリリアンヌもミルタ街にやって来るまで相当無理をしたのだろう。

 聞けばたった一日で王都からミルタ街までやって来たと言うから驚きだ。

 そんなリリアンヌに対して、何かを言うのはさすがのシスターも気が引けた。


「…………?」


 二人の間を沈黙が支配していると、ふと部屋の外から何やら大きな声が聞こえてくる。

 その声と共に足音がだんだんと近づいてきたかと思うと、部屋の扉が勢いよく開かれた。


「り、領主様……」


 部屋に入って来た男に、シスターが呟く。

 リリアンヌは初めて見るが、どうやらこの男がミルタ街の新しい領主らしい。


「何やら聖女様がいらっしゃってるという噂を耳にしたのですが、どうやら本当だったようですね」


 下卑た笑みを浮かべ、リリアンヌの身体を舐めまわすように見つめてくる領主に、リリアンヌも思わず肩の力が入る。


 しかしさすがに情報が早い。

 リリアンヌがミルタ街に到着してからまだ数時間しか経っていないというのに、一体どこで情報を仕入れたのだろうか。

 もしかしたらミルタ街のあちこちに自分の部下を忍び込ませているのかもしれない。


「しかしおかしいですね。巡礼に関しては先日終わったと思っていたのですが、こんな短期間に二度目の巡礼ですか?」


 皮肉たっぷりの言葉に、リリアンヌは顔を伏せる。


「……今回は巡礼とは関係ありません。ミルタ街には個人的な理由でやって来ました」


「ほう、個人的な理由とな?」


 領主の言葉にシスターが慌てて間に入ろうとするが、そんなシスターをリリアンヌが制する。

 顔を上げたリリアンヌは一つ息を吐くと、真っすぐ領主を見つめる。


「ミルタ街の治安が悪くなったのは新しい領主によるところが大きいということを聞きました。それに孤児院への寄付金も減らしたとか」


「はて、どうでしたかね」


 白々しくうそぶく領主に、リリアンヌは拳を握る。

 しかしここで事を荒立てるわけにはいかない。

 事を進めるにしても出来るだけ穏便に、が大事だ。


「既にそのことは王都に報告させていただきました。王都から正式な調査隊が派遣されるのも時間の問題でしょう。ですから今回私がやって来たのは、あなたに領主の在り方を改めるよう説得するためです」


 言いたいことを言いきったリリアンヌは、息を整える。

 これであとは領主の反応を見るだけ。

 出来るなら、心を入れ替えてくれれば何も言うことはない。


「おー、それは怖いですね。ただ調査隊が来る前に、色々な大事な書類が盗まれたりしないかが心配です」


「なっ……!?」


 領主の言葉に、リリアンヌは空いた口が塞がらない。

 言外に不正の証拠を処分しようと言う領主を、思わず強く睨みつける。


 この男は、一体どこまで下種なのだろうか。


 リリアンヌは領主を強く睨みつけながら、その端正な顔には怒りの色が浮かんでいる。

 しかし領主はそんなリリアンヌに全く臆した様子もなく、相変わらず下卑た笑みを浮かべている。


「……あなた、自分が何をしようとしているか分かっているんですか?」


「さぁ、何のことでしょうな」


 もし領主が調査を免れるために意図的に証拠を隠滅したとなれば、処刑は免れない。

 最悪、家を取り潰される可能性だってあるだろう。

 領主もそのことが分からないはずはない。


 貴族にとって、自分の代で家が潰れてしまうというのは何よりも不名誉なことだ。

 少なくともリリアンヌはそう思っているし、だからこそリュドミラ家の名に恥じないようにこれまで行動してきたつもりだ。

 しかしこの領主はそれさえもどうでもいいと思っているらしい。


 これではリリアンヌも手の打ちようがない。

 そもそも相手に罪悪感というものがないのだ。


「あ、そういえばシスターにも伝えることがあったんでした。街の財政難で孤児院への寄付金を減らさないといけなくなったので、よろしくお願いします」


「なっ!? ただでさえ少ないのにこれ以上少なくすると言うんですか!?」


「まぁ仕方ないですよねぇ……」


 領主の言葉に、これまで黙っていたシスターが初めて声を荒げる。

 孤児院の経営は主に領主からの寄付金によって成り立っている。

 しかし領主が新しくなってからというもの寄付金は減らされ、孤児院の経営は相当大変なものになっていた。

 その上、これ以上寄付金を減らされてしまえば、それこそ孤児院の子供たちが植えてしまう。


 残念そうな口調とは裏腹に笑みを浮かべる領主。

 しかしここでシスターが手を出せば、領主はそれを口実にまた寄付金を減らすだろう。

 それだけは何としてでも避けなければならないが、それでも目の前の領主に対する怒りに、シスターは拳を震わせる。


「それはあんまりではないでしょうか?」


 しかしリリアンヌは、そんな領主の悪行を看過するわけにはいかなかった。


「もしそのようなことをしようとするならば、リュドミラ家の娘があなたのことを全力で潰します」


 リリアンヌの鋭い視線に迷いは見えない。

 それにはさすがの領主も一歩後退り、その額には冷や汗が流れる。

 しかしすぐに表情を取り繕うと、冷や汗をハンカチで拭く。


「……で、でしたらこれから聖女様を私の家に招待するので、そこで寄付金について話し合いませんか?」


「なっ!? い、いけません、聖女様!」


 領主の言葉に、シスターは会話に割り込んでくる。

 一体何を言い出すかと思えば、そんな明らかな罠に自ら引っかかりに行くようなことをリリアンヌにさせるわけにはいかない。


「話し合い次第では、寄付金の増額も考えるのですが」


 しかし領主はそんなシスターを気にした様子もなく、ただリリアンヌに語りかける。


 リリアンヌも領主の言葉が罠である可能性が高いことは理解している。

 しかしもしかしたら出来るだけ穏便に、孤児院の寄付金を増やすことができるかもしれない。


 それはきっとエレンがリリアンヌに期待していたことなのだろう。


 もしこれで孤児院の問題だけでも解決出来たら、また以前のような関係に戻ることが出来るかもしれない。


「……分かりました、行きます」


「聖女様!?」


 そう考えると、リリアンヌは領主について行くことを決めた。

 シスターが驚愕の表情でリリアンヌを振り返って来るが気にしない。


「それでは気が変わらない内に行きましょうか」


 そう言って笑みを浮かべながら部屋を出て行く領主。

 何とかリリアンヌを止めようとしてくるシスターに、リリアンヌは苦笑いを浮かべながら「ごめんなさい」と言い残すと、そのまま部屋を出た。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ