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022 消失

「な、なんだって!?」


 使用人の言葉に、ジョセもさすがに平静を保てない。

 普段とはかけ離れた声の大きさが、事の重大さを物語っている。


「屋敷の中を全て探したのか?」


「そ、それが厩舎から馬が一匹いなくなっていて」


「っ!?」


 二つのことが同時に起こったということは、つまりはリリアンヌが馬を使ってどこかへ行ってしまったということなのだろう。

 歩きならばそう遠くへは行けないだろうが、馬ともなれば話は別だ。

 休憩を挟まなければいけないとはいえ、それでもその行動範囲は歩きとは比較にならない。


「リ、リリアンヌがいつからいないのか分かる者は!?」


「お嬢様は今日一日ずっと部屋に籠っていると思っていたので……」


「……くそっ!」


 思わずジョセの口から悪態が零れる。

 リリアンヌは朝食の時から既に姿を見せていなかった。

 さすがにそんなに早い段階から屋敷にいなかったというのは考え辛いが、それでも可能性としては少なからずある。


 もしかなり早い段階でリリアンヌが馬で屋敷を飛び出していたとしたら、その移動距離はかなりのものになるだろう。

 今からリリアンヌを探すとして、その捜索範囲を考えるだけで頭が痛い。


 これまでリリアンヌが黙って馬を連れ出して、どこかへ行くなんてことはなかった。

 だからこそ今回の初めての事態に、ジョセは慌てずにはいられない。

 一体リリアンヌがどこへ行ったのか、予想しようにも予想できないでいる。


 そしてそれは使用人も同じだ。

 リリアンヌの屋敷の中でのことならまだしも、リリアンヌが外で何をしているかなど一介の使用人が知る由もない。


「…………ミルタ街」


 そんな中で、エレンだけが小さく呟いた。


「リリアンヌさん、もしかしてミルタ街に行ったんじゃないんでしょうか」


 エレンは躊躇いがちに言う。

 だが少なくともエレンにはこのタイミングでリリアンヌがどこかへ行く、というのはそれくらいしか選択肢が思い浮かばなかった。


 ジョセがエレンの方を振り返る。

 その表情には戸惑いや困惑といったような色が見える。


「ミ、ミルタ街……? あの子がどうして……」


 ジョセはそう言うが、恐らくジョセも分かっていないわけではない。

 何故ならリリアンヌがミルタ街へ向かう理由など一つしかないのだから。

 だがジョセの頭の中では、その可能性を認めたくないという気持ちの方が勝っているのだろう。

 しかしここで現実逃避をしていても、何も始まらない。


「リリアンヌさんは、ミルタ街の治安問題を解決しようとしているんだと思います。恐らくお一人で」


「なっ……」


 ジョセが驚くのも無理はない。

 今エレンが言ったことは、それだけ非現実なことなのだ。


 しかし今のところそれしか可能性が見当たらないのも事実。

 それはエレンとリリアンヌの関係が悪化しているのを感じていたジョセも十分に理解している。

 だからこそエレンの言葉を否定できない。


 聡明なリリアンヌがそんな無謀なことをするわけがない。

 本心ではそう笑って吐き捨てたいところだ。

 だがここ数日でリリアンヌの様子がおかしいことは分かっていたし、正常な判断ができなくなっていても何の不思議もない。


「す、すぐにミルタ街に騎士を何人か――」


「————それでは遅すぎます」


 エレンがジョセの言葉を遮る。


「僕が行きます。リリアンヌさんを連れ戻してみせます」


 そう言うエレンの瞳には強い意志が込められている。


 そもそも今回の事態を招いたのは他でもない、エレン自身だ。

 だからこそエレンは自分で何とかしなければ気が済まなかった。


「今からすぐに追いかければ、ミルタ街に着く前には追い付けるかもしれません」


 エレンの言葉に、しばしの逡巡を見せるジョセだったが今はそれしかないと思ったのか諦めたように頷く。


「……分かった。エレン君に任せよう」


 ただし、と付け足す。


「万が一の時のために、すぐ兵を出せるようにはしておこう」


「……兵なんて大丈夫なんですか?」


 もしリリアンヌがミルタ街までたどり着き、何か行動を起こせば、今度はリリアンヌの身に危険が及ぶかもしれない。

 とはいえそのために兵をミルタ街へ向ければ、今度はリュドミラ家の責任問題になることはエレンでも分かった。


「一人娘のためだ。構わないさ」


 しかしジョセは何でもないという風に笑みを浮かべる。

 その言葉にどれだけの思いが含まれているのか、エレンには分からない。

 それでもそんなジョセの思いを無駄にしないようにするためにも、今は少しでも時間が惜しい。

 エレンは部屋を飛び出すように駆け出した。


 ◇   ◇


「……突然すみません」


「せ、聖女様!?」


 孤児院に誰かがやって来たかと思えば、シスターはその誰かに驚きの声をあげる。

 そこに立っていたのは先日、王都へ帰ったはずの聖女リリアンヌだったのだ。


「い、一体どうしたんですか!?」


 リリアンヌの表情には疲労の色が浮かんでおり、ただごととは思えない。

 しかし心配するシスターを他所に、リリアンヌは首を振る。


「領主様に、お会いしたいんですが」


「り、領主様ですか……?」


 リリアンヌの言葉にシスターが聞き返す。

 

「そ、それは王都から本格的な調査が入るということですか?」


 以前、リリアンヌは巡礼の名目でミルタ街へやって来た。

 その結果については既に報告を済ませてくれたはずだ。

 であれば王都から調査隊が派遣されるのも時間の問題だろうとシスターも予想していた。

 しかしシスターの予想に反し、リリアンヌは首を振る。


「調査隊はまだ来ません。今回やって来たのも、私だけです」


「せ、聖女様お一人でいらっしゃったんですか?」


 リリアンヌの言葉にシスターは動揺を隠せない。

 リリアンヌは聖女であり、大貴族の一人娘だと聞いている。

 そんなリリアンヌが護衛も付けずにこんなところまでやって来るのは明らかにおかしい。


 エレンを連れていた前回でさえ同じようなことを密かに思っていたのに、今回はエレンさえも連れていない。

 更にリリアンヌのこの疲労ぶりから察するに、リリアンヌのこの行動は独断のものなのではないだろうかとシスターは推測する。


「……と、とりあえずお休みください。話はそれからにしましょう」


 とはいえ、疲れた様子のリリアンヌを問いただすのも気が引ける。

 リリアンヌもさすがに疲れていたのか、シスターの提案に頷いた。


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