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019 亀裂


「……ではやはり今回の件については領主が大きく関係しているんですね」


「シスターの話を聞く限りでは恐らく。でも、やはりというのは?」


 シスターとの話をエレンにも簡単に説明するリリアンヌ。

 しかしエレンのまるで知っていたかのような反応に首を傾げる。


「いや、子供たちから少し話を聞いたので」


「……随分と仲良くなったみたいですね?」


 遠くの方で未だにお菓子の分け合いをしている子供たちを見ながら、リリアンヌは皮肉気味に呟く。

 エレンも苦笑いを浮かべるが、子供たちの嬉しそうな表情を見られたのであればリリアンヌとしても特に何も言うことはない。


「……まあそれは置いといて、どうやら数カ月前に領主が変わったらしいんです」


「領主が変わった? 代替わりとかではなく、ですか?」


 しかし今度はエレンがリリアンヌの言葉に首を捻る。

 そんなエレンの疑問にリリアンヌが答える。


「どうやら前の領主は独身だったらしく、養子もいなかったそうです。そのため色々な手配を省くために前に副領主を務めていた方がそのまま領主になったそうなんです」


「そして領主になった途端、その権威を振りかざしているということですか」


「……残念ながら」


 その言葉に僅かだが軽蔑の色が含まれていることにリリアンヌは気が付いた。

 普段温厚なエレンが初めて見せる明らかな不快感が、アニビアの貴族の一人に向けられていることにリリアンヌは同じ貴族としてというだけ以上に恥ずかしくて堪らなかった。


「リリアンヌさんはどうするつもりなんですか?」


「どうするつもり、とは?」


「貴族たちのそういう不正や横暴を監査するための巡礼なんですよね? だったらてっきり摘発とかそういった類の対処をするものなのかと」


 エレンの指摘は尤もだ。

 状況的にもそうするのが一番だということは分かり切っている。

 そしてエレンの言う通り、リリアンヌは何を隠そう、そのためにここにいるのだから。


「……証拠がないんです」


 それでも尚、その一歩を踏み込めないわけはそれだ。

 リリアンヌは歯痒さに苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。


 状況証拠なら十分に揃っている。

 しかし物的証拠が何もない。


 孤児院への寄付金が少なくなったことや、重税についても、街の経営に必要だったと言われればそれまでなのだ。

 それでもその証拠を掴みたいのであれば、それこそ領主の邸宅に忍び込み、証拠となるものを探さなければならない。


 だがそれは当然危険を伴い、一歩間違えばこちらが悪者になってしまう可能性だって十分にある。

 そんな状況で、リリアンヌに残された選択肢としては現在のミルタ街の状況を報告し、王都から正式な調査が入るのを待つだけだ。


「ただ、正式な調査隊を派遣してもらうのにもそれなりの時間を要します」


 つまり少なくともそれまでの間、ミルタ街の人々は日々の生活に怯えながら不自由な毎日を送らなければいけないのだ。

 当然、それにはこの孤児院も含まれている。


 むしろ領主からの寄付金で成り立っている孤児院は、領主にとって邪魔な存在であることは間違いない。

 何かあるとして、真っ先に標的となってしまうのは必至だろう。


 きっと優しいエレンは、孤児院の子供たちが危険な目に遭うことを許さない。




「……そうですか(、、、、、)




 そう思っていたからこそ、リリアンヌはその言葉に肩を震わせた。

 その淡々とした声色に、リリアンヌはエレンの顔を見ることが出来ない。


 まるで全てを諦めたように――――否、事実諦めたのだろう。

 ミルタ街のことも、孤児院のことも。


 何の期待もされていない。

 その事実に、リリアンヌは唇を噛んだ。


「…………」


 リリアンヌは息苦しさとも思える空気に、冷や汗を流す。

 エレンが今一体どんな表情を浮かべているのかを想像するだけで恐ろしい。


 もし今回のことで、自分への興味や関心の一切が失われていたら――。


 きっとエレンは二度と、リリアンヌに歩み寄ることはないだろう。

 その時のことを考えると、リリアンヌは胸が張り裂けそうな思いだった。


 しかしリリアンヌにはやはり現状ではどうすることも出来ない。

 それは残酷と思えるほどに現実的だった。


「……帰りましょうか」


 今リリアンヌに出来ることと言えば、一刻も早く、この事実を国王に報告することだけだった。


 ◇   ◇


「おい、リリアンヌと喧嘩でもしたのか?」


「……それは僕が?」


 午前の授業も終わり昼休みが始まろうかという時に、エレンはラクスに呼び出され屋上まで連れてこられていた。

 そこで言われたラクスの言葉にエレンは僅かな沈黙の後、首を傾げる。

 それだけでラクスにしてみれば十分な確証だった。


「リリアンヌが聖女としての巡礼から帰って来て数日、やけにお前らの間の空気が重たい気がするんだが?」


「気のせいじゃないかな。少なくとも僕はリリアンヌさんに対して何も思ってないけど」


 気のせい、という言葉にラクスは眉を顰める。

 二人の様子がおかしいと感じているのは、何もラクスだけではない。

 クラスの皆が同じように感じていることだ。


 だがその空気のあまりの重さに誰も詳しいことを聞くことが出来ず、ラクスに頼った結果がこれである。

 普段なら喜んで聞きに行きそうなククルも、今回は鳴りを潜めている。


「お前はそうかもしれんが、リリアンヌの方はそうは思っていなさそうだぞ?」


 そして何より、ここ数日間のリリアンヌの様子がおかしい。

 その表情に影が差すだけではない。

 エレンの一挙一動に過敏と思えるほどに反応している。

 二人の間で何かがあったというのは誰が見ても一目瞭然だった。


「もし仮にそうだったとしても、僕には関係のないことだよ」


「なっ……!?」


 エレンの口から出たとは思えない冷たい言葉に、ラクスは驚く。


「話がそれだけなら僕は先に戻るね」


「あっ、おい!」


 エレンは、ラクスの制止の声に耳を貸す様子もない。

 屋上に一人残されたラクスはため息を零す。




「やっぱり王子様でも無理でしたか」




「————ククル、いたのか」


「うわ、反応薄っ」


 突然の登場にも全く驚く様子を見せないラクスに、ククルは不服そうに呟く。

 しかしククルが神出鬼没なのは何も今回に限ったことではない。

 ある程度の付き合いがあれば、これくらいのことは何でもない。


「それよりもそっちの方はどうだったんだ?」


「こっちもリリアンヌさんに聞いてみましたが、何も教えてくれませんでしたー」


「……そうか」


 ククルの言葉にラクスは落胆を隠せない。

 とはいえ初めからリリアンヌが何かを教えてくれるとも思っていなかったのだが。


「でも二人の間に何かあったこと自体は否定されませんでしたよ」


「だろうな」


 そのことに関しては初めからラクスも疑っていない。

 ラクスが気になっているのは、別のことだ。


「リリアンヌには悪いが、正直今はそんなこと(、、、、、)よりもエレンの方が気になる」


「友人たちの不仲をそんなこととは、ラクス様も性格が悪いですねー」


「…………」


 ククルの皮肉に対して、ラクスは否定しない。

 しかしそれはククルも同じことだ。

 基本的に情報収集しか興味のないククルが、友人の不仲など気にするわけがない。

 今回動いたのは、他でもないエレンのことを調べるためだ。


「聖女が護衛もつけずに巡礼を行う。そしてそれにエレンがついて行った」


「まあ、おかしいですよねー」


 巡礼に危険が伴うことなど二人も重々承知している。

 それが今回、一か所とはいえ護衛を一人もつけずにというのは明らかにおかしい。

 そしてそのおかしさの中心にいるのが、エレンだ。


「リリアンヌはエレンに隠された実力なんてないと言っていたが、正直それも怪しいな」


「聖女様がそんな嘘を吐くなんてにわかに信じられませんが、それがエレンさんを思ってのことであるならば少しは説明も出来ますからね」


 ククルの言葉に頷く。


 今回のことで二人の仲に亀裂のようなものが生じたのは間違いないとして、ラクスの中ではもう一つの確信が浮かび上がっていた。




「やっぱり、エレンには何かある」


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