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017 夜


「……エレンさん、起きてますか?」


 真っ暗な部屋の中で、リリアンヌはベッドに横になりながら微かな声で呼びかける。

 既に二人がそれぞれ眠りに入ってからしばらく経っており、リリアンヌもエレンが起きているとは思っていなかった。


「……起きてますよ」


 しかしリリアンヌの予想に反し、暗闇の中からエレンの返事が返って来る。


「どうしたんですか?」


「いや、なかなか眠れなくて……」


 同世代の異性と同じ部屋で夜を過ごすなど、リリアンヌはこれまでに経験したことが無かった。

 そのため今の状況に緊張せずにはいられない。


「……実は僕もです」


「……そうなんですか?」


 どこか遠慮がちに呟くエレンの言葉は、リリアンヌにとって少なからず意外だった。

 エレンさんのことだから何も考えず熟睡しているのだろうな、と申し訳ないことに思っていた。


「そりゃあそうですよ。リリアンヌさんみたいに綺麗な方と同じ部屋っていうだけで心臓が破裂してしまいそうです」


「…………」


 そんなことを微塵も思ってなさそうな抑揚のない声に、リリアンヌは思わず声のした方へジト目を向ける。


「……エレンさんはそういうこと誰にでも言いそうですよね」


 そして、ついそんな言葉がリリアンヌの口から思わず零れた。


「えっと、女の人を褒めたりするのが……ってことですか?」


「……そうです」


 慌てて撤回しようとするが、そんな間もなくエレンが反応してくる。

 いくらリリアンヌにそんなことを言うつもりがなかったとはいえ、言ってしまったものは仕方がない。

 

「エレンさんは、普通の人なら言わなさそうなことまで簡単に言ってのけちゃいますよね」


 リリアンヌは大貴族の一人娘。

 容姿を褒められることなど、それこそ日常茶飯事だ。

 だがその中でリリアンヌの心が強く揺さぶられたことなど一度もなかった。


 しかしエレンのそれは違う。

 どうしてかひどく動揺してしまう。


 エレンの言葉だけにどうしてそんなに動揺してしまうのか考えて分かった。

 貴族の子息たちが「綺麗ですね」で済ませるような言葉を、エレンは少しずつ飾っていくのだ。


 エレンは雪のことを綺麗だと、幻想的だと言った。

 そんな雪なら自分もぜひ見たいと思ったのをよく覚えている。

 そしてエレンは、リリアンヌの白髪を「まるで雪みたいだ」と言った。


 本人はそんなこと気にも留めていないのだろう。

 だが少なくともリリアンヌは無視することが出来なかった。


 そしてその影響は少しずつだが着実に出てきている。


 エレンに「綺麗」だと褒められるだけで、動揺してしまう。

 これまでにもずっと言われ続けてきた言葉のはずなのに、エレンに言われた時だけひどく心が揺れる。

 それはきっとこれまでに何度もエレンの装飾された賛辞を受け続け、心が揺さぶられたことで、エレンの言葉自体に錯覚してしまっているのだ。


「あー……、昔からの知り合いに、女の子は褒めるように言われ続けていたので、多分そのせいだと思います。不快に感じられていたのでしたらすみません」


「ふ、不快っていうわけではないですが……。そ、それよりも昔からのお知り合いって……?」


 エレンの言葉を慌てて否定するリリアンヌだが、それ以上に聞き逃せない言葉が含まれていた。


「はい、女の子なんですけど」


「……女の子」


 それを聞いた途端、リリアンヌの胸がちくりと痛んだ――ような気がした。

 しかしやはりエレンはそのことには気付かない。


「実はその子、”勇者”って呼ばれていて」


「ゆ、勇者ってあの”ヘカリムの勇者”ですか?」


 エレンの言葉にリリアンヌはもしや、と呟く。

 ヘカリムの勇者とは精霊の寵愛を受け、精霊が加護を与えた聖剣を使いこなす者に与えられた称号だ。

 その名声はヘカリム国内だけに留まらず、諸外国でも噂になっている。


「確かにそんな風にも呼ばれているみたいですね」


「なっ……」


 なんでもない風に言ってのけるエレン。

 だがリリアンヌの知っている話では、確かその勇者とやらはヘカリム国の大貴族の息女だったはずだ。

 そんな彼女と平民のエレンが幼馴染とは、一体どういうことなのか。

 聞けばそれなりに仲が良かったようにも思える。


「彼女、家から抜け出すのが得意みたいで」


 たったそれだけの説明しかしないエレンに腹が立つが、もしかしたら話しにくいことでもあるのかもしれないと考えると根掘り葉掘り聞くことは出来ない。


「……二人はどういう関係だったんですか?」


 その答えを知りたいと思うと同時に、聞かない方がいいのではと思う自分がいることにリリアンヌは戸惑う。

 しかし結局、我慢できなかった。


「まあ幼馴染というのが正しいんでしょうが――」


 エレンはそこで一呼吸置く。


「————強いて言えば、お互いに比べられる存在でしたね」


「比べられる存在……?」


 リリアンヌが聞き返す。


「例えば僕は、あの子は出来るのに。逆にその子は、エレンは出来ないのに、という風に。僕からすれば勇者と呼ばれる彼女と比べられるなんて御免なんですけど、なぜか妙に懐かれてしまって無碍にすることも出来ず」


 リリアンヌは思わず息を呑む。

 なんでもない風に言うエレンが一体どれだけ心を苛まれたか、リリアンヌには分からない。

 しかし「困りますよね」と零すエレンが苦笑いを浮かべていることだけは嫌でも分かった。


「……エレンさん、それは」


 エレンは自分の実力に対する評価がおかしい。

 盲目的とでも言うべきか、力があるという事実を絶対に認めようとしない。

 もしそれに何か理由があったとして、それは一体どんなものなのだろうかとずっと考えていた。

 でもそれはもしかして――。


「————明日も早いです。そろそろ寝ましょうか」


 リリアンヌの言葉を遮るようにして、エレンが言う。

 まるでそれ以上何かを言うつもりはない、とでも言うように。


「じゃあ、おやすみなさい」


「……おやすみ、なさい」


 暗闇の中でエレンがどんな表情を浮かべているのかは分からない。

 しかしリリアンヌにはそれ以上、エレンに何かを聞くことは出来なかった。


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