015 旅行
「やっぱり俺の勘違いだったかぁ」
「そうみたいです。森の調査の時も、中級程度の魔法しか使っていませんでしたし」
「まあそれならそれで、あいつのことをちゃんと知れて良かったってことか」
ラクスに呼び出されたリリアンヌは、聞かれるがままにギルドで依頼を受けた日のことを話す。
しかしエレンのことに関してはジョセとの約束もあるので、話すことは出来ない。
それにそれがなくともリリアンヌは、エレンのことをラクスや他の誰かに話すつもりはなかった。
もちろん信じてもらえないだろうという理由もあるが、それ以上にエレンの実力に対して過度な干渉はしない方が良いだろうというリリアンヌの判断だ。
いくらエレンが自分の実力のことを勘違いしているとはいえ、何がきっかけで本当の実力を自覚するかは分からない。
本当はむしろ自覚するべきなのかもしれないが、リリアンヌはエレンには今のままの彼でいてほしかった。
「まあ教えてくれてありがとな」
「いえ、それは良いんですけど、それよりもあの日は結局何があったんですか?」
本当ならあの日はラクスとククルを含めて四人で行く予定だったのだ。
痴話喧嘩に釣られてどこかへ行ってしまったククルはともかく、騎士たちに連れ帰られたラクスのことは休日の間ずっと気になっていた。
「うーん、それについては近々リリアンヌの方に話が行くと思うんだが」
「……?」
ラクスの発言に首を傾げるリリアンヌ。
だがラクスも言えない情報なのか、難しい表情を浮かべている。
だとすればリリアンヌも強くは聞けない。
どちらにせよ少しすればリリアンヌのもとに話が来ると言っているのだから、その必要もないだろう。
「じゃあククルの方には俺から言っとくから」
「はい、よろしくお願いします」
嘘を吐いてしまったことに対しての罪悪感はあるが、エレンのためだと割り切る。
ラクスは恐らくこれで大丈夫だろうが、ククルの方はリリアンヌもいまいちよく分からない。
情報収集の癖があると聞くが、エレンの周りを変に勘繰られないように気を付けた方が良いだろう。
ラクスに頼みながら、リリアンヌは自分も警戒しておこうと決めた。
◇ ◇
「エレンさんにアニビア国の案内、ですか?」
ラクスとの一件の数日後、リリアンヌはジョセに呼ばれ、書斎にやって来ていた。
そこでジョセの話を聞いたリリアンヌは思わず聞き返す。
「あぁ。といってもこの前の商店街を案内するようなものではなくちゃんとアニビアの各所を周って、エレン君に観光案内してほしいのだ」
「そ、それは別に構いませんが……。ですがそれは……」
「あぁ、聖女として各地を巡礼してほしい」
リリアンヌの考えを読んだジョセが頷く。
「巡礼は今年の分は既に終わっているはずですが……?」
リリアンヌは年に一度、聖女としてアニビア国の各地を巡礼して周っている。
主に各地の監査が目的だが、聖女として民衆たちの支持を得るためでもある。
「どうにも一か所、急に治安が悪くなりだした場所があるらしい。そこの調査を国王様から任せられたのだ」
そこでリリアンヌはラクスの言葉を思い出す。
ほぼ間違いなくラクスの言っていたことはこのことだろう。
そして言い辛そうにしていたのは内密にするように言われていたからではなく、単純にクラスメイトに危ないことを任せようとしている罪悪感からだったのかもしれない。
「巡礼については了解しました。謹んでお受けします、ですが――」
リリアンヌは責めるような強い視線でジョセを睨む。
「…………エレンさんを利用するおつもりですか?」
このタイミングで聖女として巡礼しなければいけなくなったのは仕方のないことだ。
いくら危険が伴っているからとはいえ、国王からの命令を断るなど公爵家の当主には出来ない。
だがそれにエレンを同行させるというのは話が別だ。
エレンに観光案内をするだけであれば、別に危険の伴う巡礼に同行させる必要などないのである。
大方エレンを護衛代わりにしようという考えなのだろうが、そのような考えをリリアンヌが認めるわけにはいかない。
「確かにエレン君が一緒に巡礼に行ってくれるのであれば、安心なことこの上ないのは事実だ」
「やっぱり……」
自分の予想通り、エレンを利用しようとしていたことに非難の視線を向けるリリアンヌ。
しかしジョセはその視線に臆することなく、言葉を続ける。
「だが今回、初めにリリアンヌと観光したいと言ってきたのはエレン君に他ならない」
「エレンさんが……? ど、どうしてですか?」
「そこまでは聞かなかったが、ちょうどその時に国王様からも巡礼の話が来ていたので、その機会に合わせようと思ったのだ」
その言葉にはリリアンヌも戸惑わずにはいられない。
もちろんエレンを騙して利用している、ということには変わりないのだが、エレンがどういう思惑で自分と観光したいと思ったのか知りたいという気持ちも確かにある。
だがそれは同時に何も知らないエレンを危険な巡礼に伴わせるということと同じで、リリアンヌは選択の難しさに唸る。
「結果的にエレン君を利用することになってしまうが、私はそれでも娘の安全を第一に優先したいのだ」
「そ、それは……」
狡い言い方ではあるが、それがジョセの本心なのだろう。
そのように言われてしまえばリリアンヌも強くは責められない。
「……分かりました。エレンさんには巡礼に同行してもらいましょう」
ただし、とリリアンヌは条件を出す。
「エレンさんに事前に巡礼のことをお伝えしておいてください。それなりに危険が伴うということも含めて。それでもエレンさんが同行したいという時だけ、一緒に来てもらいましょう」
「……分かった」
ジョセの答えに満足したのか、リリアンヌは書斎を出ていく。
一人残されたジョセはどっと疲れたようにため息を零す。
ジョセとしては何が何でもエレンには巡礼に同行してほしいのだが、リリアンヌの意思は固そうで、恐らく今ので精一杯の妥協案なのだろう。
であればここは自分が折れるしかない。
ジョセはエレン君に何と伝えようか頭を悩ませた。
◇ ◇
「わくわくしますね」
馬車の中から窓の外を眺めるエレンは珍しく目を輝かせている。
しかしその向かい側に座るリリアンヌとしては、どうにも緊張感が足りないような気がしてならない。
「エレンさん? 今回のことちゃんと分かってますか?」
「え、聖女の巡礼に僕が付き合わせてもらうんですよね?」
「それはそうですが、危険があるかもしれないんですよ?」
あっけらかんと言うエレンに、リリアンヌは本当に分かっているのかという気持ちになる。
聞けばこれから行くところは場所によっては治安も悪く、何があるか分からないのだ。
そんな観光気分でいてもらっては困る。
「でもせっかくの二人きりでの旅行ですし、楽しまないと損じゃないですか」
「なっ……!?」
エレンの言い方はまるで、そういう間柄の二人に聞こえてしまう。
というかむしろそれ以外の意味に聞こえないリリアンヌは、もはや怒っていたことも忘れて、顔を真っ赤に染める。
しかしエレンは窓の外を見つめるばかりで、リリアンヌの変化に気付いていない。
恐らくエレンは、自分の言葉がそのように受け取られるなど考えてもいないのだろう。
もちろんリリアンヌ自身、エレンをそういう対象として見たことはない。
だがさすがにそこまで思わせぶりな発言をしておいて、そのまま放置というのはあまりにも扱いが酷いのではないだろうか。
リリアンヌは相変わらず窓の外に目を輝かせるエレンをジト目で見つめた。