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014 闇魔法


「光属性魔法は、今見せたように防御魔法において優秀なだけではなく、攻撃魔法でも十分に威力を発揮します」


 ここでは使えませんが……と釘を刺すリリアンヌに僅かに落胆の色を見せるエレン。

 そんなエレンにリリアンヌも苦笑いを浮かべるが、さすがにこんな場所で攻撃魔法は使えない。


「でもエレンさん、それだけじゃ何かおかしいとは思いませんか?」


「……ん、何がですか?」


「だって光属性魔法って私が言うのもあれですけど、特別扱いされてるじゃないですか」


「そりゃあ特異属性ですからね」


 何を今更そんなことを言っているんだと、エレンは訝し気に首を傾げる。

 しかし光属性の使い手であるリリアンヌは首を振る。


「確かに防御魔法は魔力の節約に役立ったり、攻撃魔法も応用が利きます。しかし逆にそれだけ(、、、、)なんです。防御魔法も攻撃魔法も、言ってしまえば他の魔法で代用できます。むしろ防御力という点では土魔法には敵いませんし、攻撃力という点では火魔法にも敵いません。そして多様性という点では水魔法や風魔法より劣ってしまいます」


 基本四属性にはそれぞれに突出した利点があると言われている。

 防御に特化した土魔法。

 攻撃力に特化した火魔法。

 多様性に特化した水魔法と風魔法。

 どれもその一点に限って言えば、光魔法よりも明らかに優れている。


「それなのにどうして光魔法が世間から特別扱いされているのか分かりますか?」


 まるで教師が生徒に教えるように逐一説明していくリリアンヌの質問に、エレンは考える。




「……回復魔法、ですね」




 わずかな逡巡な間のあと、エレンは答えを導きだした。

 その答えに、リリアンヌが満足そうに頷く。

 

「エレンさんの言う通り、光魔法はすべての属性の中で唯一『回復魔法』を使うことが出来ます」


「僕も直接見たことはないんですけど、そんなに凄いんですか?」


 如何せん光属性を使える魔法使いは稀有な存在だ。

 努力でどうにか出来るものでもなく、才能が大きく関わって来る。

 だからこそエレンも知識としては光属性が特別視されている一番の理由として『回復魔法』が大きく関係していることを知識としてでしか知らなかった。


「初級魔法で小さな傷は治療できて、中級魔法ではある程度大きな傷でも止血は可能です。上級魔法では欠損などでない限り、完璧に治療できます」


「……それは、凄いですね」


「最上級魔法に至っては、欠損さえも完璧に治してしまうのではないかと言われています」


「言われている?」


「光属性に関しては最上級魔法を使える魔法使いが一人もいないんですよ」


「そうなんですか?」


「はい。そして光属性に限らず、闇属性も最上級魔法を使える人はいないみたいですよ」


 リリアンヌの言う通り、今現在、最上級魔法使いが確認されているのは火、水、風、土の基本属性だけだ。

 特異属性である光と闇に関しては現段階で最上級魔法を使える魔法使いがいないのではなく、過去から現在にかけてそもそも最上級魔法そのものが確認されていない。

 ただ他属性との関連性を見るに、恐らく特異属性にも最上級魔法は存在するのだろうというのが多くの魔法使いの見解だ。


「ヘカリムではそんなこと習わなかったです……」


 そう呟くエレンの声は若干沈んでいる。

 しかし精霊使いの育成を主にするヘカリム国で、魔法に関する教育が疎かになってしまうのは仕方のないことだろう。

 リリアンヌは苦笑いを浮かべながら、そんなエレンを励ます。


「でもそう考えたらリリアンヌさん凄いですよね」


「え、何がですか?」


「だって最上級魔法が確認されていない状況で、光属性の上級魔法を使いこなせるってことは光属性だけでいえば全魔法使いの中で一番ってことじゃないですか」


 エレンの言うことは尤もだ。

 そしてそれが最上級魔法が確認されていない現段階で、光属性の上級魔法を極め、最も最上級魔法に近い存在とされるリリアンヌが『聖女』と称される所以ゆえんでもあった。


「やっぱりあの噂って本当なんでしょうか? ————属性の才能が髪色に強く現れるっていう」


 今思えば、リリアンヌの髪色はエレンが一目見た時から惚れ惚れするような白髪だった。

 そんなリリアンヌが光属性を極めようとしているとなると、これまでただの噂だと思っていたものも少しは信憑性があがるというものだろう。


「…………」


 とはいえエレンもそこまで本気で言ったわけではなく、場を和ますで軽く口にしただけだった。

 だがリリアンヌの様子がおかしい。

 少しだけ俯いている顔からは儚げな表情が覗いている。

 しかしそれも一瞬だけで、次の瞬間にはリリアンヌは顔をあげる。


「それじゃあエレンさんは闇魔法を極めちゃいそうですね」


 そしてそんな冗談を苦笑いと共に言ってくる。

 エレンはリリアンヌが一瞬だけ浮かべた表情の意味が分からず、今はただその冗談に付き合う。


「そんなお伽噺みたいなことはあり得ませんよ。さすがに少ししか使えません」


「え……、エレンさんって闇魔法使えるんですか……?」


「あれ、言ってませんでしたっけ?」


「聞いてませんよ!?」


「ま、まあ少しですけど僕も闇魔法は使えますよ」


「え、ええ……」


 エレンの言葉に驚愕の表情を見せるリリアンヌ。

 しかし先ほどとは全く別の意味で、その反応の意味が分からないエレンは戸惑いの表情を浮かべる。


 だがリリアンヌは今の言葉の意味を、言葉通りに受け取ることは出来なかった。

 エレンの髪色は他の色の一切を拒否する黒に支配されている。

 初めてエレンを見た時に、黒髪黒目なんて珍しい、と驚いたのをよく覚えている。


 しかしリリアンヌはエレンが闇魔法を使えるなど露にも思わず、ただ先の発言に釣られて冗談を言ったつもりだった。

 だがエレンが本当に闇魔法が使えるとなれば話は別だ。


「…………」


 先日、リリアンヌはエレンから窮地を救われたばかりだ。

 その時に使った火属性の最上級魔法。

 あの時は初めて間近で目にした最上級魔法に思わずお伽噺のようだと思ってしまったが、火属性の最上級魔法を使える魔法使いなら確かに何人かはいる。

 それを考えるとお伽噺のようだと表現するには大げさで、エレンの言うこともその通りなのかもしれないと思ってしまった。


 しかし、その判断は早計だったかもしれない。


 リリアンヌは相変わらず『お伽噺じゃないんですから』と笑うエレンをじっと見つめる。

 エレンにとっての「闇魔法が少し使える」というのは、一体どのレベルの話なのだろう。

 少なくともリリアンヌには言葉通りの意味とは思えない。

 あの光景を見た後では、とてもじゃないがエレンの言葉を信じることは出来ない。


 でもそれと同時に「今回はさすがに……」と思うリリアンヌがいることも事実だ。


 これまでその存在すら確認されていない闇属性の最上級魔法。

 だが、在るかもしれないという可能性は人の心に空想を宿す。


 空想――お伽噺の中では話は別だ。


 その魔法を口にしたときに、闇属性の最上級魔法を扱える存在のお伽噺も囁かれる。



 ――――魔王。



 世界に混迷を招き、全てを支配すると云われている魔を統べる王は、闇属性の最上級魔法を使うことができるとされている。


 だが、こんなのは所詮ただの空想。

 そうなら面白いなという一つの興味が生み出した架空の物語だ。


 そんな魔法をただの学生が使えるわけがない。

 ただの人間が使っていいような魔法ではないのだ。


 ――否、使えないからこそ、こうしてお伽噺と化している。


 真っ黒な髪に、真っ黒な瞳。

 考えたこともなかった。

 それが闇魔法と繋がっているかもしれないなんて。


 リリアンヌの中で生まれた可能性は、しかしもはや確信に近いものがあった。

 だがそれを必死に否定したい自分がいる。

 もし本当にエレンが闇属性の最上級魔法を使えたとして、今後、彼をエレンとして見ることが出来る自信がリリアンヌにはなかった。

 だからこそそれはもはや願望に近かった。

 エレンがエレンであってほしい、と。


 しかしリリアンヌは、その視線をエレンの黒髪から逸らすことが出来なかった。

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