013 光魔法
「そういうことだったんですね……」
ジョセの話が終わり、リリアンヌは静かに頷く。
ラクスの言っていた通り、今回の留学にはそういう事情が隠されていたらしい。
エレンについても最上級魔法が使えるとはいえ、Sランクの冒険者だったことや、Sランク指定の魔物を容易く屠ることが出来るということが知れたのは大きかった。
確かにそれを前もって知っていれば、リリアンヌがワイバーンと遭遇した時、エレンと一緒だったと聞けばジョセのように安堵してしまうのも当然だろう。
「このことはくれぐれも内密に。そしてエレン君も変に刺激しない方がいいだろう」
「はい、分かってます」
ジョセの言葉にリリアンヌが頷く。
エレンのことを知りたがっていたラクスには悪いが、どうやら今回のことを教えるわけにはいかないらしい。
そしてエレン自身にも、今後は最上級魔法のことなどはあまり触れないほうが良さそうだ。
というよりもどうせエレンに何か言ったところで、エレンは聞く耳を持たないだろう。
「それでは次はワイバーンと遭遇した時のことを詳しく教えてくれ」
ジョセはリリアンヌが見たと言うエレンの力を聞くべく、身を乗り出した。
「なるほど。やはりエレン君は凄まじいな……」
リリアンヌの話を聞いたジョセは軽く冷や汗を流している。
「国王様には私から伝えておこう。ワイバーンが近隣の森で出たとなれば、もしかしたら本格的に森の調査が行われるかもしれん」
「そうですか」
それを聞いてリリアンヌがホッと息を吐く。
あそこの森は低ランク帯の冒険者たちもよく訪れる場所だ。
主に薬草採取や、ゴブリンなどの低ランクの魔物を狩るのに最適なのである。
だからこそワイバーンのような危険分子がいなくなったことを確認するべきだと思っていた。
「もう夜が遅い。いくら明日が休日とはいえ、早く寝た方がいい」
「分かりました。報告の件、よろしくおねがいします」
おやすみなさいと言い残し、リリアンヌは部屋を出る。
自室へ戻る途中、リリアンヌは振り返る。
その表情は僅かに陰りが見えている。
ジョセからエレンのことを教えてもらったのと同じように、リリアンヌもジョセにエレンのことを話した。
その中で少なくともジョセの方は、自分の知っている情報を洗いざらい全て吐いてくれたはずだ。
だが、リリアンヌにはジョセに言っていないことが一つだけあった。
といってもそれはエレンに関することではあるものの、エレンと話す中でリリアンヌが感じた違和感のようなものだ。
もしかしたら自分の勘違いか、考えすぎという可能性もある以上、これ以上ジョセに負担をかけまいと思ったからこそリリアンヌはそれを言わなかった。
しかし今になって、やはり言うべきだったのだろうかという思いが徐々に増してきた。
『僕なんて精々、中級魔法が限界ですよ』
それはエレンがラクスに言ったという言葉だ。
それに関してはリリアンヌも、エレンから直接同じようなことを聞いている。
今回、エレンがワイバーンを倒すのに使ったのは火属性の最上級魔法だ。
そしてエレンはその最上級魔法のことを、初級魔法だと言った。
————では、エレンにとっての中級魔法とはなんだ?
エレンにとって、最上級魔法というのは初級魔法ということになっている。
だがエレンが中級魔法までなら使えると言っている以上、それは最上級魔法を超える何かということになるのではないだろうか。
「……考えすぎ、ですよね」
最上級魔法を超える魔法なんて、考えるだけ馬鹿馬鹿しい。
リリアンヌは、自分の頭の中にある考えを振り払うように数度頭を振ると、再び自室へ向かい始めた。
◇ ◇
「リリアンヌさん、おはようございます」
「お、おはようございます」
翌朝、朝食の場に集まったリリアンヌのエレンに対する態度はどこかぎこちない。
しかし相手が本当は最上級魔法を使えるとなれば、そんな態度になってしまうのも無理はないだろう。
何かの拍子に機嫌を損ねたりでもしたら……。
「ん、どうかしました?」
リリアンヌの視線に、エレンが首を傾げる。
気の抜けるようなエレンのいつも通りさに、リリアンヌは肩の力を抜く。
よく考えれば、エレンが力任せに誰かに暴力を振るうような人ではないことなど、他でもないリリアンヌ自身が一番よく理解している。
もちろんすぐにこの緊張を全て解くのは難しい。
だが出来る限り早く、これまで通りの接し方に戻れるように努力しようと決意しながら、リリアンヌはエレンの隣の席に座った。
「リリアンヌさん、ちょっといいですか?」
「は、はい? 何ですか?」
朝食を食べ終わり、リリアンヌがリビングでくつろいでいると、同じく朝食を終えたエレンがふと声をかけてくる。
緊張しないように心がけようとしたばかりではあるものの、突然のことに多少肩を揺らしてしまう。
「今日って予定は空いていますか? もし良ければ、リリアンヌさんの光属性魔法を見せていただきたいなと思って」
「そ、それくらいなら全然大丈夫ですよ? ただ庭でやるとなると、どうしても使える魔法は限られてきますけど……」
「はい。それで構いません」
リリアンヌの言葉に頷くエレン。
「それじゃあまた準備が終わり次第、集合ということで」
心なし嬉しそうな表情で自室へ戻っていくエレンに、リリアンヌもほっと胸を撫でおろす。
その頭の中では既に、エレンにどんな光属性魔法を見せてあげようかという考えが膨らんでいた。
「基本的に今日は攻撃系統ではなく防御を目的とした魔法を見せていこうと思います」
「おお、楽しみです」
今、二人がいるのはリュドミラ家の庭園だ。
ある程度の広さはあるものの、周りには普段から庭師によって綺麗に整えられた草木が並んでいる。
いくら光属性で燃える心配などはないとはいえ、それでも攻撃魔法は控えるべきだろうというリリアンヌの判断だ。
「まず初めに初級中の初級魔法ですが――『ライト』」
リリアンヌが魔法名を唱えた瞬間、その掌に光球が生まれる。
「これは単に暗い場所を明るく照らすというだけの効果の魔法で、防御の効果なども一切ありません」
至近距離からまじまじとその光球を見つめるエレンに、リリアンヌが分かりやすく説明する。
「魔力消費なども少ないですが、光量によっては消費する魔力も多くなります」
そう言いながら、リリアンヌは浮かぶ光球を消す。
「では次は――――『ライトシールド』」
その瞬間、エレンを覆うようにして光の薄い膜のようなものが現れる。
「これは光属性の初級魔法で、任意の個人に結界を張ることである程度の魔法攻撃を防ぐことが出来ます」
エレンは感心するように頷きながら、自分の周りの結界に恐る恐るといった風に手を伸ばしている。
そんなエレンが微笑ましく、リリアンヌも頬を緩ませる。
「では次に中級魔法の――――『ライトカーテン』」
リリアンヌが手をかざすと同時に、二人の前に中規模な光の膜が現れる。
だがエレンにはその光の膜が大きさこそ違えど、それ以外には何も変わらないように感じた。
「もしかして光属性の防御魔法って、基本的な違いは規模だけなんですか?」
「あ、気付きました? 実はそうなんです」
エレンの言葉に少しだけ残念そうに苦笑いを浮かべるリリアンヌ。
もしかしたらこの後、得意顔でエレンに説明するつもりだったのかもしれない。
「だからきちんと使いこなせば、かなりの魔力を節約することが出来るんですよ?」
ここぞとばかりに光属性のことをアピールしてくるリリアンヌ。
しかしエレンもリリアンヌの言ったことの凄さは十分に理解できる。
初級魔法と中級魔法、そして上級魔法の間にはそれぞれ消費する魔力にかなり差があるので、相手の上級魔法を初級魔法で守ることが出来ると考えれば相当なものだろう。
エレンが光属性に感心する姿に、リリアンヌも満足そうに頷いた。




