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010 最上級魔法


「それにしてもいつの間にギルド登録なんてしていたんですか?」


「あー、暇なときに一人で?」


「なんで疑問形なんですか」


 適当な会話をしながら歩く二人は今、木々が生い茂る森の中にいた。

 因みに今回、エレンを誘ったラクスたちはいない。


 というのもギルドで依頼を選び、いざ出発しようというタイミングで急に王城から招集がかかったのだ。

 ラクスも最後まで抵抗していたのだが、さすがに数人の騎士相手には敵わず、引きずられるようにして連れ帰られていた。


 そしてククルに関しては商店街で痴話喧嘩が起こっていると聞いた途端、ギルドを飛び出していった。

 さすが情報収集を癖にしているだけあるというべきか、とりあえずエレンとリリアンヌの二人だけが残ったというわけである。


 とはいえ依頼を受けてしまっている以上、依頼は完了しなければいけない。

 二人は仕方なくギルドを出発することにしたのだった。


「まあギルド登録したばかりにエレンさんからしたら少し上のランクの依頼かもしれませんが、Cランクの私がいれば大丈夫ですよ!」


 今回二人が受けたのはランク的にはDランクの依頼だ。

 ラクスがDランク、ククルがEランクだったことを考えれば妥当の依頼だったのだが、二人が抜けてしまった今では少しばかり難易度の高い依頼と言えるだろう。


 とはいえ今回の依頼の内容は「森の調査」で、魔物の討伐がメインではない。

 もちろん依頼遂行の証として何匹かの魔物の討伐は条件にあるが、その程度であればリリアンヌ一人でも余裕だ。


「よし、それじゃあ早く終わらせちゃいましょうか! あ、でもエレンさんは無理しないでくださいね」


「了解です。出来るだけリリアンヌさんの後ろに控えてます」


 何とも男らしからぬ、みっともない発言ではあるが、中級魔法までしか使えず、ギルドにも登録したばかりのエレンには賢明な判断と言える。

 リリアンヌも「それでお願いします」と頷くと、周りに意識を向け始めた。






「よ、予想以上に何もなかったですね」


 ある程度、森の調査も終わらせただろうとリリアンヌは息を吐くが、その道中はリリアンヌの予想よりも遥かに何もない結果で終わってしまった。

 これまで出会った魔物といえば依頼遂行の証のためのゴブリン数体くらいだ。

 これではDランクに設定されているような依頼とは到底思えない。

 とはいえ危ないことは無いに越したことはない。


「…………」


「エレンさん?」


「……魔物って普段からこんなに少ないんですか?」


「え……。そ、そんなことはないと思いますけど、それがどうかしましたか?」


 しかしリリアンヌの言葉を聞いたエレンは一瞬だけその表情を暗くしたかと思うと、真剣な面持ちで辺りを見渡す。

 そんなエレンに首を傾げるリリアンヌだったが、エレンの視線が一箇所で止まる。


「どう――」


 ————したんですか。


 リリアンヌのその呟きは突然の轟音で掻き消された。


 突然空から降ってきた(、、、、、、、、)巨体に、リリアンヌは目を見開く。


 空を飛ぶための大きな翼。

 外敵から身を守るための堅固な鱗。


 一匹の亜竜ワイバーンが、そこにいた。






「ワ、ワイバーン……!?」


 いくら亜種とはいえ、曲がりなりにもドラゴン。

 その巨体からは人間など矮小な存在だとばかりに圧倒的な存在感が放たれている。


 一体どうしてこんなところに……、とリリアンヌは冷や汗を流さずにはいられない。

 本来、ワイバーンは低ランクの魔物が跋扈するこの森にいるような魔物ではない。

 その討伐にはBランク以上の冒険者が数人いて、ようやく可能かどうかと言われている。

 間違えてもCランクの冒険者と、駆け出し冒険者で倒せるような魔物ではない。


「エレンさんは逃げてくださいッ! ここは私が食い止めますから……っ!!」


 リリアンヌは詠唱破棄で生み出した光属性の中級魔法で、ワイバーンを牽制する。

 そんなものが気休め程度にしかならないとは知りつつも、何もしないということは、座して死を待つということだ。


「……っ!!」


 魔法が気に障ったのか、ワイバーンはリリアンヌを睨む。

 そしておもむろに、リリアンヌへと尻尾を振り下ろす。

 咄嗟に光属性の上級魔法、その中でも防御に特化した魔法を唱えるが、衝撃を全て受けきることは出来なかった。

 衝撃で吹き飛ばされたリリアンヌは痛みに顔を歪める。


 しかしリリアンヌには初めからワイバーンを倒す気などない。

 ワイバーンの気を少しの間だけでも逸らすことさえできれば。

 せめてエレンが逃げられるだけの時間さえ稼げれば十分だと思っている。


 それなのに。


「エレンさん……?」


 どうしてそこに立っているのか。


「はやく、逃げてください……!」


 リリアンヌの必死な叫び声に、エレンは反応を見せない。

 もしかしたらワイバーンの存在感に、動くことさえ出来ないのかもしれない。

 ただじっと、呆けたようにワイバーンを見上げている。

 リリアンヌへの興味を失くしたワイバーンは、目の前で佇む人間を見下ろす。

 一人と一匹の視線が重なり合う。


 絶望的な状況に、リリアンヌは何とか地面を這いつくばる。


 何とかエレンだけでも逃がしたいが、吹き飛ばされた衝撃で身体が上手く動かない。

 こんなことになるのなら、出し惜しみなどせずに光属性の上級魔法でワイバーンを攻撃していれば良かった。

 だが今更そんなことを嘆いても、時間は巻き戻らない。

 

「……っ」


 エレンを頭から噛み殺そうと首を伸ばすワイバーンに、エレンが掌をかざす。


 それはきっと、エレンなりの最後の悪あがきなのだろう。

 どちらにせよ、中級魔法までしか使えないエレンが、ワイバーンに太刀打ちできる可能性など皆無だ。


 皆無のはずだった。


「求めるは灼熱」


 その詠唱が、リリアンヌの耳に届いてくるまでは――。










「求めるは灼熱」




 エレンの微かな呟きが、どうしてかリリアンヌの耳に届く。




「それは全てを燃やし尽くすまで」




 それはまさしく言霊。

 その一言一句に魔力を帯び、その一言一句は天変地異の種となる。




「塵と化せ――――劫火」




 エレンが手を振りかざす。

 その瞬間、辺りは紅の世界に包まれた。






「な、何が……」


 リリアンヌはそれ以上の言葉を紡ぐことが出来なかった。

 なぜなら、視界がはっきりしてきた中で、確かにそこで圧倒的な存在感を放っていたはずのワイバーンが跡形もなく消えてしまっていたのだ。


 リリアンヌは、恐る恐る、視線をずらす。

 そこにはエレンが、まるで気持ちを読み取らせないような無表情で立ち尽くしていた。


 状況的に間違いなく、エレンがワイバーンを倒したのだろう。

 しかし、どうやって。

 微かに聞こえたのが詠唱だとすれば、エレンは魔法を使っていた。

 だが、ワイバーンを一撃で屠るなど上級魔法には出来ない。

 あれは――――最上級魔法だ。


 でもそれはおかしい。

 なぜなら――。


「エレンさんは精々、中級魔法が限界だったんじゃないんですか!?」


 リリアンヌの悲鳴にも近い叫び声が響く。


 昨日、リリアンヌはエレンの実力について聞いたばかりだ。

 その時エレンは確かに、中級魔法が限界と言っていた。

 それなのに今、エレンは最上級魔法を使って見せた。

 それはつまり、エレンが嘘を吐いていたということに他ならない。

 リリアンヌはワイバーンがいなくなり危機が去ったことを喜ぶよりも前に、どうしてもエレンを問いたださずにはいられなかった。


 リリアンヌはエレンに詰め寄る。

 その胸倉を掴み、真実を話すまで離すまいと心に決める。


「リ、リリアンヌさん?」


 だが、それはあまりに覇気の無いエレンの声で一瞬で毒気を抜かれてしまう。

 それまで怖いほどに無表情だったエレンが、どこか驚いたような表情で戸惑っている。


「……今のは、何ですか?」


 それでもリリアンヌは誤魔化されまいと頭を振り、エレンを問いただす。


「と、というと?」


「だから、今ワイバーンを倒した魔法は何だったのかと聞いているんです!」


 エレンの煮え切らない態度に、リリアンヌの拳に再び力がこもる。

 しかし当の本人であるエレンは相変わらず戸惑いの表情を浮かべながら、不思議そうに首を傾げる。


「ワ、ワイバーンって何ですか?」


 だがエレンはリリアンヌの聞きたい答えとは全く関係ないことを口走る。

 しかしワイバーンの恐ろしさなど子供でも知っているような知識だ。


「いくらエレンさんが誤魔化すのが上手いからって、知らないじゃ通させませんよ」


 だから観念して全て話なさい、と強い視線を向けるリリアンヌ。

 だがエレンの表情は相変わらず崩れない。


「いや、別にワイバーンのことを聞きたいわけではなく、僕が今倒したのはただの『リザード』でしたよね?」


「————は?」


 エレンの言葉に、リリアンヌが固まる。

 さすがにその発言はリリアンヌも見逃すことが出来なかった。


「急に出てきたのには僕もびっくりしましたけど、火属性の初級魔法(、、、、)で倒せるような弱い魔物で良かったです」


 心底ほっとしたような表情で胸を撫でおろすエレン。


 ぞわり、とした。


 得体の知れない目の前のエレンに対して。

 そしてそれ以上に、何を言っているのか全く理解できないエレンの言葉に対して。


 エレンは言った。

 自分が倒したのはリザードだと。


 エレンは言った。

 自分が使ったのは初級魔法だと。

 

「あなたは、何を言っているんですか……?」


 気付けばリリアンヌは数歩、後退っていた。

 掴んでいたはずの胸倉はとうに離していた。

 リリアンヌの本能が警鐘を鳴らしていた。


 しかしリリアンヌとは対照に、エレンはいつもの表情を浮かべている。

 それが尚更、リリアンヌの恐怖を駆り立てる。


 それでもリリアンヌは、言わずにはいられなかった。


「……エレンさんは、火属性の最上級魔法でワイバーンを倒したんじゃないんですか?」


 それはまるで違和感の糸を手繰り寄せるように。

 願わくば、エレンが冗談ですと言ってくれないかと祈りながら。


 しかしそんなリリアンヌの淡い期待は一瞬にして打ち砕かれる。


「リリアンヌさんも冗談なんて言うんですね。僕が最上級魔法でワイバーンを倒すなんて、あり得ないですよ」


 エレンは笑っていた。




「————お伽噺じゃないんですから」




 そして今後、どれだけリリアンヌを悩ませるか分からない言葉を言い放った。


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