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ひとちがい・3






ピアノの音で眠り、ピアノの音で目が覚めた。

昨日と同じ現実がある。硝子と、緑。

顔を洗いながら、今日は書斎に行くと決めた。何も情報を入れないのは危険だ。それが最新だろうと最古だろうと。求めることを忘れたら、俺は奴隷ですらなくなるだろう。

まず広間に行って、ドルグワントに朝の挨拶をしよう。


「あら。昨日と同じ服」

「…風呂には入った」

開口一番、それだった。

別にこの女にどう思われたっていいが。いいけど。美しい女にそんな目で見られるのは、年頃の男としては、そこそこ精神的に応える。

ドルグワントは、一昨日も昨日も、違うドレスだった気がする。

「そういえば、そうね。身一つでアナタを連れてきちゃったのね、神殿騎士たちは。ひどいわ」

「アンタのせいなんだけど」

「言えてるわ。前のアナタのもので良かったら、着替え、あるわよ」

「貸してくれ」

「貸すも何も、アナタのものだけどね。昨日、服を探さなかったの?」

「…」

「そこまで頭が回らなかった、って顔ね。うふふ。でもいいわ。必死に自分の衣服のことばかり考える男も、私、好みじゃないから」

待っていて、とドルグワントは広間を出ると、しばらくして男物の洋服を抱えて戻ってきた。

「残りはアナタの部屋の前に置いてきたわ」

「あ…」

着替えを手渡す聖女に、ありがとう、と言いかけた。

思わず眉間に皺を寄せる。

「ありがとう、は?」

「ありがとうございます聖女さま」

「いい子ね」

ドルグワントが俺の頭を撫でた。

心の中で舌打ちする。ちくしょう。アンタはわかってんのか。

アンタから言わせるのは、優しくてずるくて、俺を甘やかしていると。

受け取った洋服は、不気味なくらい俺の体にピッタリのサイズだった。

色や材質もたぶん、俺が着て違和感のないものなんじゃないだろうか。子供の頃から、この町の染物と肌の色が合わなくて、笑われたものだ。

「“前の俺”ね…」

で、脱いだやつはどこに。

着替えるために自室に戻って、ドルグワントに洗濯のことを訊くためにまた広間へ行く羽目になった。

ドルグワントは、「やっぱり似合う、それが一番好きだったの」と喜んでいた。


さて。

ここの書斎は、やっぱりでかい。

見上げるほどの本棚が網目のように立ち並び、それでも収まりきらない本がところどころに山を成している。

意外にも埃っぽくないし、古本特有のカビっぽい臭いもない。あいつ、綺麗好きなのか。

さすがに硝子張りの下じゃあ日焼けは免れないようで、大切にされていそうな革の装丁も、捲ってみればページが黄ばんでいるものも多かった。

ジャンルはめちゃくちゃだ。文字が書いてあればいいのかというくらい、恋愛小説の隣に建築史の本があったり、大昔に町で使われていた資材の図録の上に異国の絵本が積まれていたり、むしろ中身を見ていない疑惑すらある。

俺は小難しいのは嫌いだ。今は簡素な情報でいい。

本棚の隙間をあちこち回って、植物に関する本を探した。


書斎のソファで本を読むうちに、硝子の外に咲く花の名前を少し覚えた。

原産地はどこもバラバラで、誰かがこの神殿に運んできたことがわかる。

ドルグワントのためにか?

それとも彼女が用意したのだろうか。これだけの草花を。―どんな想いで?

食べ物や神殿の中の調度品、衣服なんかもそうだが、誰がいつ調達してるんだ。あの聖女さまがわざわざ自分で町に出向いて日用品を買い込んでるなんて話、聞いたことないしな。

行商でも来るんだろうか。

手元の文章が頭に入らなくなってきたな。

そろそろ茶でも飲みに行くかと、図鑑を閉じた時だった。

「ねえグレン。一緒にお茶を飲みましょう」

ドルグワントがやってきた。

「ああ…。一段落ついたところだしな」

「よかった。私が特別に淹れてあげる。座って待っててね」


 

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