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ひとちがい・2








ひたすら硝子と植物、ときどき見える真っ白な装飾と調度品の景色をなんども繰り返し見て、神殿の中をおおまかに理解した。

生活に必要な台所と食堂、浴室や化粧室まわりといった水場は抑えておいた。とりあえずここで迷子になって死ぬことは無くなった筈だ。

あとは中庭と、大きな書斎を見つけたくらいか。これで暇すぎて気分が沈む心配も無くなった。

俺としては、このピアノの音の主を見つけたかったのだが、きっとその内わかる時が来るだろう。

なかなかの距離を歩いたおかげか、昨日からの蓄積もあって、体は休憩を訴えていた。

今いる場所からだと、自室よりも広間のほうが近そうだ。

太陽は俺の真上に来ていた。


「ねえ、私、今から読書をするけど、絶対にそこから動かないでね」

「そもそも動けねえよ」

「ふふふ。カインはよくこうしてくれたわ」

広間に戻ると、ドルグワントに捕まった。

俺が床に足を広げて座っていると、その上に腰を下ろしてきた。向き合わない形なので、彼女を後ろから抱きしめるような体勢だ。

そしてドルグワントは宣言通り、黙々と俺の上で本を読み始めた。

子供や犬猫に懐かれている気分だ。奴らは独自の理屈で俺たちとの距離を決める。この女もそうらしい。

何の本を読んでいるのか気になって覗き込もうとしたが、彼女の角に邪魔をされた。

「ほんとに生えてんの?これ」

「生えてるわよ」

背中越しでも角に触れていることがわかるということは、神経は通ってるってことか。

「なんで生えてんの」

「なんでかしら」

「重くないの?」

「アナタは?」

「アンタのことなら、重くない」

「ならそういうことよ」

首の骨が頑丈なのか、と思って彼女のうなじに触れた。

「うざいわ」

「ハイ」

間も無く手を叩き落された。

それからドルグワントがきっちり一冊の本を読み終えるまで、その時間は続いた。俺の両足は、立ち上がるだけでも困難を極めることとなった。

俺は休みたかったのにな…。


ちなみに、風呂は硝子ではなかった。


夕方になるとドルグワントはどこかへ姿を消した。どこへ行くのか尋ねるのほど、俺はまだ安心していない。

取り残された俺はまた神殿の探索にでも出ようかと思って―やめた。

小腹も空いたし、早めの夕食にして今日一日に終止符を打つ準備をしよう。

アレコレ込み入った事を話すのは、聖女サマの機嫌がいい時を見計うとするか。

親父たちが心配なのが確かだ。友達や、前の恋人も。今すぐにでも飛び出して、俺の存在を思い切り知らせてやりたい。みんなと抱き合って、またいつもの日常に戻りたい。

なのに、俺は臆病だ。決まってもいないことに怯えている。

野菜の皮を剥く包丁の刃が、やけに鋭利に見える。お袋はいつもこんなものを握り締めていたのか。

夕日に照らされた腕が、血のように赤い。親父はいつもこんな時間に帰ってきた。

俺は臆病だ。

出来るなら、聖女の胸で泣いてしまいたいと思ってしまった。





 

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