祈る人を癒す人・1
その日俺は、なぜかドルグワントに抱きしめられていた。
というか、俺が広間のカウチで昼寝をしていただけなのに、いつの間にか彼女の膝を枕にさせられていた。
「ドルグワント」
空に向かって伸ばした手は、ゆっくりと彼女の指に絡め取られる。
太陽のように真上からのぞく双眸が、俺ではない誰かを見つめていた。
「ああ…本当に、そっくり。ていうか、そのまま使ったんだから、当然ね。性格はまあ、環境の違いで大きく変わってしまったけど」
「…」
違う。
「カイン…」
俺の瞳だけを見つめる聖女サマ。うっとりと。極上の絹でも触るように、とっておきのキャンディーを摘むように、俺の頬に触れる。
俺にはそれが、憎らしくてたまらない。悪事を暴かれた餓鬼のように、問わずにはいられない。
「なあ。アンタの中に、俺はいるのか」
「なにを言ってるの。カインはアナタ。アナタはカインよ」
「アンタにそう言われるたびに、胸が張り裂けそうになる」
「ふふふ。でもね。あなたの脳も心臓も血液も、ぜんぶカインなの」
違う。
「俺は、グレンだ。」
「そう。アナタの中ではね」
喉の骨が締め付けられるような感覚があって、俺は唾を飲み込んだ。コキ、と口の中で不自然な呼吸音が鳴る。
体のあちこちが熱くて、煮えたぎった何かが全身の穴から溶け出して死にそうだ。誰か助けてくれ。ドルグワント。
どうして俺はこんなに―震えているんだ?
握りこんだ拳に爪が食い込んでいく。体の熱で、痛みもわからない。
「俺を見てくれよ」
願いを口にした。
「なら、あなたは、だあれ?私の、なにになってくれるひと?」
「何にだってなる!アンタが望むものに!だから、だから―」
「知ってるわ。それがカインの考え方なの」
咄嗟に、目の前にあった白い首を絞めた。理性が追いつかない何かを叫んだのか、喉に亀裂が入ったような痛みが駆け抜ける。
誰でもいいから解放してくれ。
聖女の首を折って、床へ引きずり倒す。手のひらのなかにくぐもった衝撃があり、俺は手を放した。支柱を失った頭蓋骨は地面へ吸い込まれる。ドルグワントの髪と血が床に扇のように広まった。
それでも彼女は、目を細めて、当たり前のように呼吸をした。美しい肢体が上下する。
「ひ…!」
改めて彼女が見た目だけではない化物だと知った。腰が抜けて、それでも、彼女を一人にしてはいけないと思った。
「ドルグワント」
「平気よ」
抱きしめた彼女の体からは、いつもの花の香りではなく、むせ返るような鉄の匂いがした。
「俺が、死ねば楽になるのか?」
「ううん。アナタが死んだら、アナタの死体を使ってまたアナタを造るわ」
俺という器には収まりきらない。重すぎるんだ。ふたり分なんて。
俺はドルグワントの唇の動きを凝視した。唇は二回閉じた。
彼女の頬に、雫が降った。次第に、その嗚咽が、どちらのものなのかわからなくなっていく。
お互いがお互いを慰めるように縋り付いた。
何故カインは死ななければならなかったのだろう。今は何も見ず、そんなどうしようもない例え話に、耽っていたかった。