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灰色の桜  作者: 黒衛
7/10

七、



お天道様のなさることだから、きっかり二十日という訳にもいかないだろうことは聡太にもハナにも分かっていた。

それでも、日々を指折り数えて待つ楽しみが減った訳ではない。

毎日の仕事をこなしながら、ハナはご馳走を作る支度を整え、聡太は山に入る度どこかにサクラの姿が無いか見て回った。

相変わらず寒さは厳しく風は冷たい。夜に凍え、朝に霜を踏む生活の中でハナの指折り数える数字は減っていったが、春の気配はまだどこにも無かった。

ある日、ハナは庭に出て畑の向こうから斜面を見下ろしていた。

聡太の家は集落の中でも高い場所にあったから、そこに立てばかつての村を一望できた。

段々畑の連なりとその間を緩やかに下って行く細い道がある。

集落を貫く小川には小さな橋が掛けられて、ところどころ畑に水を引くための水路が分かれて伸びていた。

手入れする者もない畑は雑草に覆われて、僅かな起伏に畦の痕が残るだけとなっている。

その上に積もった一面の雪の下から、雑草のくすんだ緑がしぶとくも健気に覗いていた。

聡太の家以外は、とうに住む者を失い朽ち果てている。

傾き倒れた家々の残骸は、雪に潰され、草や蔦に覆われ、ゆっくりと土へ還る途中にあった。

ハナは斜面を吹き上げる冷たい風に髪を揺らしながら、眼下の山景を端から端まで眺めた。

ぽつりと呟く。

「春さ、どっから来っぺかなあ」

さあて、と聡太は返事した。

「そいつぁおらにも分かんねえだ」

ハナが待ち焦がれる日は、あと数日に迫っていた。

いい加減、遠目に春の姿くらい見えても良い頃だと思っていた。

「おおかた雪で遅れてるんだべ」

ハナを慰めるように、聡太は言う。

「けんど、こん頃雪なんて降ってねぇ」

ハナは膨れっ面を隠さずに振り向く。聡太ははてと首を傾げた。

「そいや、そうだなや」

ここ五日程、久しく降り続いていた雪がすっかりなりを潜めているのだった。

特に今日は、雲も明るく見える。重苦しい鉛色でなく、よく燃えた薪の後の灰色だ。

こんな日は急に吹雪くということもない。昼を過ぎた今から山へ入っても安全な筈だ。

「おら、薪さ取りに上がってくるべ」

「うちも行く」

縁側から腰を上げた聡太の元へ、ハナが駆け戻って来る。

「茸でも採って帰るべえか?」

「うち、魚がええ」

上着を着て帽子を被り、聡太は背負子を、ハナは竿と魚篭を担いで山へ登った。

初めこそ針の垂れ方も分からなかったハナだが、今は聡太に教わって腕の良い釣り人となっている。

ハナが沢の淵に腰掛けるのを見届けて、聡太は炭焼き小屋へ向かった。

丸太を幾つか割って棚に並べ、先に乾かしておいた薪を背負って帰る。

ハナの所まで戻る途中、少し寄り道をした。

真っ直ぐ沢へ向かう道から離れ、山の中を遠回りして木を眺めて回る。

次に丸太にする木を見定めるため。それとサクラを探すため。あまり期待はしていないが。

良さそうな木の幹に、後から見てもよく分かるように鉈で傷をつけている最中、ふと目に留まるものがあった。

然程大きな木ではなかった。濃い茶色の樹皮に節くれ立った枝。背も低ければ幹も太くはない。

倒すのは楽だが、薪にし易い部位が少ないのであまり気にしていなかった種類の木だ。

その梢に芽を見つけた。

梅でないことはすぐに分かったが、では何かというと記憶に無い。この木に花が咲いている姿など見覚えがなかった。

聡太は、はたと思い至った。

もしやこれがサクラの木だろうか?

そういえば、図鑑に書かれていた姿に似ている気がする。

あの絵から花の群れを取っ払えば、こんな枝振りが残るかも知れない。

聡太はそろりと手を伸ばして、芽を一つ毟り取った。

硬い薄緑色のがくを割れば、中から小さな薄桃色の花弁が覗いた。

聡太は確信した。

ついにサクラを見つけたのだ。

聡太は慌ててハナに知らせに走った。

急いで沢までとって返して、大声でハナを呼んだ。

「サクラだ、サクラがあったべ!」

聡太の剣幕に驚いて、ハナは竿を取り落としかけた。

その後は、聡太に続いてサクラの木まで駆け戻った。

初めて目にする薄紅色を閉じ込めた芽吹きを見て、ハナはほうと溜息をついた。

「ほんに春が来るんやねえ」

眩しそうに目を細めてハナが笑う。

頼りない小さな芽が、ゆっくりと解けて花開く姿を思い描く。

「ほんに楽しみやねえ」

それを聞いて、聡太も嬉しくなった。





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