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灰色の桜  作者: 黒衛
6/10

六、



後になるにつれて、日記の日付には間が空き始めた。

記されている内容もぐんと減った。

書き手である誰かは、病にかかっているようだった。

それ以上に、訪れない未来を待つことに倦み疲れ果ててもいた。

整然と並んでいたインク文字が、唐突に途切れた。

日記の終わりの何十頁かは空白のまま取り残されていた。

一番最後の日付には、今までとは打って変わった感情的な筆跡で“サクラが見たい”と書かれていた。

「サクラって何だべ?」

ハナが問う。聡太は日記の前の頁の記述を思い出す。

「確か、木だべ。木に咲く花だな」

「木?」

ハナはくるりと振り返って、分厚い本を膝の上に開いた。

植物図鑑だ。日記と一緒に屋根裏から下ろして来たものだ。

サクラの名を探す。それは春の植物という項目に収められていた。

葉の無い枝に白に近い淡い色合いの花が犇めき合うように咲く繊細な絵が添えられていた。

「これがサクラけ?」

「多分そうだべ」

はっきり言ってやれなかったのは、聡太自身その花を知らなかったからだ。

「綺麗な花だべな」

溜息を零す様にハナが言う。聡太も同じ感想を抱いた。

「うち、サクラ見てえ」

そう言い出すのは当然のことだった。聡太は考え込んだ。

サクラは“春”の木だという。しかし日記の主は“春”が来ないと嘆いていた筈だ。

“春”が無ければサクラは咲かないのだ。

「“春”って何だべ?聡太、知ってるけ?」

「いや、おらも知らね」

二人は日記の方に戻って、春についての記述を探そうとした。

しかし、雪が解けるとか花が咲くといった春が齎すものについての言葉はあっても、春それ自体の説明はどこにも無かった。

ただ、日記の書き手が春を待ち焦がれる様子から、それはさぞかし素晴らしいものなのだと思えた。

どこかに取っ掛かりの一つも残されていないかと日記帳を引っくり返した時、頁の隙間からひらりと何かが落ちた。

それは、古びた帳面の切れ端だった。

どうやら最後の頁と裏表紙の間に挟まっていたようだ。

折り畳まれ、黄ばんで脆くなった紙切れを慎重に開き見ると、何やら複雑な計算式が並んでいた。

「何だべ、聡太?」

「分かんね」

ごちゃごちゃと書き連ねられた記号や数字の意味はさっぱり理解できないが、最後に走り書かれた文字だけは読み取ることができた。

“百年→春”と書いてあるようだった。二重丸で囲まれている。

「百年?」

その期間が何を表すものかは、容易に察せられた。

それはきっと、百年経てば春が現れるという意味に違いない。

春を待ち焦がれていた書き手が、日記に挟んで大事に紙切れを取っておいたのがその証だ。

事実その通りだ。膨大な計算式は、大きな爆弾によって齎された長い長い冬が終わる日を求めたものだった。

問題は、その百年はいつ来るのかということだった。

「百年ってどれくらいだべ?」

「ちょっと待っちくい、数えてみんべ」

年月を数えることならば、聡太にもできる。

百年の最初の日は、日記の最後の日付にした。

空き頁を開いて、慎重に数字を並べ、聡太は百年を数えた。

暦と見比べ、百年の最後の日がいつになるかを確かめた。

そうして、それはほんの二十日後のことだと分かったのだ。

ハナは驚いて、それから大袈裟な程に喜んだ。

「二十だな、昼を二十待てばいいだか?

 そしたら春が出てくるけ?」

「んだ、春さ来たらサクラも咲くべ」

「楽しみだべ」

ハナがはしゃぐ様を見て、聡太も嬉しくなった。

「サクラば咲いたら、花見に行くべ」

聡太は、図鑑の絵を見つめるハナに言った。

皆で寄り合ってご馳走を囲んで宴会をしながらサクラを眺めることをそう呼ぶらしいと教えてやった。日記に書いてあったのだ。

ここには聡太とハナの二人しかいないけれど、せいぜい賑やかしくサクラ見物をすればいいと思った。

ハナは頬を高潮させ、目を輝かせて何度も頷いた。

握り飯を作ろうと聡太は言った。山菜を甘辛く煮たものと魚を干して焼いたものも持っていくとハナははりきった。

その日から、聡太とハナは春とサクラに出会う日を楽しみに待つことにした。





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