5話 顛末
痴漢撃退用スプレーだとか警棒もどきだとかで武装した僕は、相変わらず車で道を見張っていた。
夜になるとコンビニに行って、男が来ていないか、あの女が来ていないか確認した。
あの夜からちょうど一週間が経つころに、女がコンビニに入った。
いつの間にか駐車場には男がいた。
僕は喉がカラカラになるぐらい緊張して、ペットボトルを一気に飲んだ。
警棒の感触を確かめていると汗で滑るような気がして、何度も拭いた。
女が出てきて、男が後についていった。僕は車から降りて、男を追いかけた。
……このあとのことを僕ははっきりとは覚えていない。
僕はたしかにこの目で現場を見た、見たと思う。
だけどあれが現実なのか、もしかしたら幻覚ではないのか。
……僕としては幻覚であってほしい、薬をいつの間にか効かされて、大げさに感じているだけだと。
……。
……続けよう、僕は街灯の下に居た。
離れたところではまるでお祭りみたいな騒ぎだった。
子供ほどの大きさの……なにかだ。
カエルとかトカゲとか、そんなようなやつらがいて、羽の生えたやつがいた。
連中は跳び回り、女の姿はなかった。
……嘘じゃない……とはとても言えないけど……暗かったんだ。
でもあれは人間じゃなかった。
男の姿もどこにもなく、ばしゃばしゃだとかぱちぱちだとかの音をさせたそいつらは、小屋の中に消えていった。
呆然としたよ、男も女も目の前で消えた。
連中に混ざっていたんだと思うけど、あっという間のことだったし、僕にできることはなかった。
しばらく呆けていると視界の端にあの猫がいる気がした。
子供ほどの大きさの、黒い……猫は連中の仲間だとその時わかったんだ。
僕は恐ろしくって必死で逃げた、車はレンタカーだったけど返す気にもならなくて、とにかく必死だった。
家について、なんとか息を整えていると、窓の外にあの猫のようなやつがいた。
怖かったけど、なんとなくわかったんだ、僕はもう逃げられないってね。
……何度も警察へ電話しようとしたさ、だけどどこにも繋がらなかったし、その度に猫のようなあいつがびくりと動くんだ。
あいつは見てるだけというか、たぶん見張りなんだと思う。
僕の存在はすでにあいつらに知られていて、だから僕にできることはなかった。
朝がくればなんとかなるかもしれない。そう思うしかなかった。
眠ったら死ぬ、冗談じゃないよ。寝てる間にあいつらがきたらどうなるか、僕は考えたくもない。
僕は震えながら警棒を握りしめてずっと起きていた。
窓の外から鳥の鳴き声が聞こえた。
人生であれほど安堵したことはない。猫のようなあいつも見えなかった。
まだ早朝だったけれど僕はびくびくしながら家を出た。
すぐに警察へ行ったよ、交番じゃなくてちゃんとした建物の方だ。
警察の建物が見えた時だった。向こうの方から彼女が歩いてきた。
もちろんすぐにわかったよ。モールで一緒に買った服を着ていたからね。
Tシャツの上に軽く羽織れるタイプのパステルカラーの春らしいカーディガン。膝下までの裾が折られたジーパンを履いていた。どっちも同じ日に買った物だ。
彼女が僕にどっちの服が良いと見せにきて、僕が選んだ服だった。
僕は目の前のことが信じられなかった。
あれだけ探した彼女が目の前にいる、どこにも変わった様子もない。元気そうだ。
彼女が僕の目の前で止まった。僕も立ち止まって、しばらく見つめあった。
視界の端にあの黒い猫のようなやつがいた。
やつらには昼か夜かなんて関係がなかったんだ。
僕の足になにか触った、見れば、黒い塊から毛むくじゃらの脚が何本も生えたやつが僕の体を昇ってくるところだった。
気が付けば背後にも気配があって、ぽつぽつと水の滴る音がした。
僕は囲まれていたけど、やっぱりかとしか思わなかった。
そんなことよりも彼女が重要だった。驚いていないだろうかと、彼女の様子を窺うと、彼女は震えながら僕に言った。
……これでこの話はオシマイさ。
暗いバーで二人の男女が会話している。
話が終わったのか、二人は立ち上がり店を出た。
もう夜も更けていたが、店のネオンは明るく、街灯も道を照らしていた。
二人はしばらく歩いていたが、女の様子がどこかおかしかった。
男は女の手を握り、先導するように進んでいく。
黒い猫のようなものが二人の前を横切った。
女はもう泣き出しそうなほど動揺していて、男は気にもせず女を引きずって進んでいく。
二人はコンクリートの垣根でできた角を曲がる。
なにか聞こえたような気もするが、道にはもう誰もいなかった。
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