傍観
俺はいつの間にか彼らの後ろについて歩いていた。
彼らの後ろについて、彼らを眺めていた。
それはまるで夢のように曖昧で、霧がかったように現実味の無いものであまり気味の良いものではないのだけれど、俺は彼らが嫌いではなかったからこの曖昧な心地でも我慢が出来た。
目の前には、汚れたなめし皮の胸甲と肩当その下には黒い服でベルトには長剣を下げた鳶色の髪の男と、短剣を二本腰に挿し、皮のベストの下に濃紺のセーターを着た漆黒の髪の男が歩いている。鳶色の髪をした男は、金髪のそれを背中に紐で括りつけて背負っている。三人とも髪は短い。
俺の記憶は少しするとすぐに変形してそれまであったものとはまったく別のものに捏造されてしまうから、あんまり断定は出来ないけれど、鳶色の髪の男は物凄く強いから、金髪のそれを長々背負っていても疲れないということを何故だか知っている。そして、その男は俺にとっては何だったかと言うと、恋人だったり親だったり兄弟だったり友達だったり頼れる従者だったり尊敬する上司だったりと随分バラエティに富んでいて、その一つずつにシチュエーションに合うように彩られた思い出のようなものも一緒に付属されて、結局どれが本当の記憶だったのかはもう解らない。けれど、どの記憶も彼はとても親しい者であったということに統一されているので、恐れることは何も無いだろうと思う。最も、彼が俺に話しかけることも、俺が彼に話しかけることも無いので何を恐れることは無いのかというのもよく解らないのだが。
逆に漆黒の髪のそれは、俺の中では敵だったりちょっとした知り合いだったり拾った存在だったりと派生するシチュエーションがかなり適当な分、それに付属する思い出も随分と適当だったりする。犬だか猫だかを拾ったら翌日人間に変身していたとか、敵だったのが何故だかいつの間にかこちらに寝返っていたとか、自分でも何が何だかよく解らないことになっていたりするので少し困るが、鳶色の髪の彼と時折なにやら親しげに話すものだから、恐らくこちらも怖がることは無いのだろうと思う。同じように話しかけることも話しかけられることも無いので何を怖がるのかと言うことは解らないのだけれども。
それから、金髪のそれは俺には時々見えなくなる。いや、見えているのだけれども、存在感が無くなってしまう。捏造の思い出すら空虚で、何故そこに居るのか考えると、妙な閉塞感を覚えて考えるのを止めてしまうことも多々ある。無理矢理考え付けば、俺が彼らの後ろについて居るのと同様いつの間にかそこに居たという存在なのだが、俺は妙にこの金髪の生き物が酷く憎らしく思えて仕方がない時がある。いっそ殺してしまおうかと考えないでもないのだけれど、それをすると鳶色の彼が酷く悲しむような気がしてならないので、殺さないことにしている。鳶色の彼が困る姿は好きだけど、悲しむ姿は好きではない。
どこかへ続く街道の途中、彼らの歩みはそこで止まり、鳶色の彼と漆黒の彼は荷物と金髪のそれを下ろして周りから木切れや乾燥した木の葉を拾い集め始めた。見れば空はまもなく夜になろうとしているから、恐らくそこで野宿をするのだろうと思われた。
この辺りには木があまり生えていないから、それらを集めるのに少々苦労していたらしい二人が戻ってきて暫くすると、地面に集めた木切れから炎が上る。二人は何かを話しているが、俺には彼らが何を話しているのか解らない。すぐ傍に居るのだから言葉は聞こえてくるのだが、それを理解する事がどうしてか俺には出来なかった。
いつから人の話す言語を理解する事が出来なくなったのかは全く覚えていないが、こうして自分の中では言葉を紡げるのだから恐らくずっとずっと昔は理解できていたんだと思う。別に俺は誰かと会話したいわけじゃないから言葉なんて理解出来なくても特に問題は無い上に、それに一日立てば俺の中ではいつの間にやら会話ができていたという思い出になってしまっているから寂しくはないが、今現在に鳶色の髪の彼の話が理解出来ないのは、ほんの少しだけ残念だと思った。
漆黒の彼は皮製の荷物袋の中から干した肉を取り出して、薪の炎であぶり始めた。鳶色の彼は水袋から小さな鉄の鍋に水を入れて、それを炎の上に立てた三脚の天辺に置いて火にくべた。恐らく茶を沸かしているのだろう。案の定水の中に茶葉を彼が入れると、どうしてそれを知っているのかは解らないが、それは彼が昔好きだった種類の茶だということが匂いで解ると共に、酷く懐かしいような苦いような気持ちがこみ上げてきた。
炎を挟んで向かい合う彼らの輪にそっと入るように座るが、彼らは俺に気が付かない。鳶色の彼と漆黒の彼は二人して少し喋った後、鳶色の彼は干し肉を俺とは炎を挟んで反対方向に居て、高価な絹のローブが汚れるのも構わずべたりと地に座り、一心不乱にガリガリと爪で穴を掘っている金髪のそれの鼻先に持っていった。金髪のそれは干し肉の匂いを少しばかり嗅いだだけで食いつきはせず、ふいと興味を無くしたように虚ろな目をまた地面に向けると、爪に土が入り込むのも構わずガリガリ穴を掘り始めたが、少しするとそれは霧が四散するように俺の視界からかき消されて認識できなくなってしまったが、よくあることなので気にしない。鳶色の彼は苦笑して漆黒の彼に何かを言うと、漆黒の彼は何か呆れたような顔をして何かを言う。
それを聞いて、鳶色の彼はまた苦笑したのが解かった。困っているわけでも悲しんでいるわけでも無いような感じだった。それを見ている俺は、何だか少し安心し、そして少しだけ哀しくそして更に少しだけ不安に思った。
けれど、彼らに話しかけようにも話す言葉を持たず、気づかれることも気づかせることも出来ない俺は、ただその場に黙って座って、恐らく明日にはまた違う思い出になっているであろう情景をぼんやりと眺めていた。