95話 二人でお買い物
ダイニングの前では、レナが犬の姿で寝ていた。ごろんと仰向けになっている。これが人間なら、かなりだらしないし、はしたないが、犬だとそうでもない。
「あっ、旦那と姉御、おはようございます。いや、正確にはこんにちはですね」
「レナもだらだら過ごしてたのか?」
「私はいつもどおり起きたんだけど、昨日、酒を飲んだせいか、体がだるいからちょっと犬になって横になってたんでさ」
テーブルにはもう昼食が並んでいる。昼食といっても、朝と兼用だから、朝食に近い内容だ。
「今日のご予定はお伺いしていませんが、いかがなされますか?」
ヴェラドンナは今日も通常営業らしく、ポーカーフェイスでサラダの載った皿を持って、こっちにやってきた。冷静沈着という点では理想のメイドと言っていいだろう。
「昼はミーシャと買い物にでも行こうかなって思う。荷運び中、そういうことができてなかったから」
あくまで俺たちは冒険者なので、ダンジョンに行くのが仕事なのだが、町をぶらつくこともしたい。
「夕飯に必要なものも買ってくるけど、何かあったら言ってくれ」
「いえ、すでに用意は済んでおりますので問題ありません。ただ、そうですね……」
ヴェラドンナは何か思案するように人差し指を顔に当てた。
「本日は少し時間がかかるものが多いですので、日が暮れる頃に帰ってきていただければ」
「わかった。じゃあ、ゆっくりと休日を過ごすことにするよ」
会社員じゃないし、明確な休日とかも設定されてないので、今日は休むと決めたらしっかり休むべきなのだ。
「ご主人様とデート、なんだかすごくわくわくするわ」
ミーシャもいつもよりテンションが高い気がする。さっきまで抱きついてたのに、デートはまた別の楽しみがあるんだろう。俺もたしかに楽しみだし。
ただ、ごく普通のデートということにはならなかった。
「おっ! Sランク冒険者様だ!」
「Sランク冒険者のケイジ様とミーシャ様だ!」
「Sランク冒険者様、今日はサービスでお安くさせていただきますよ!」
至るところでSランク冒険者と言われた。
「おいおい……昨日の今日だぞ。いつのまにこんなに広まってるんだよ……」
「噂って広まるのが速いものだから。でも、それにしても速すぎるとは思うから何かあるのよ」
ミーシャも二人きりの時間がちょっと阻害されるのでありがた迷惑という顔をしていた。尻尾が横に振れているから、少し不愉快なのだろう。
「ほら、そこに原因があったわ」
ミーシャが顔を上げた先には、王国の告知を貼る板だった。王都のいろんなところにあって、ネットやテレビのないこの世界で情報を伝えている。
<告知 下記のものをSランク冒険者であると、国王アブタール陛下がお認めになられた。 ケイジ・ミーシャ・レナ>
そんな内容が昨日付けの日付で書いてある。まあ、昨日、Sランク冒険者にされたから、昨日付けの扱いで、紙の掲示自体は早朝ってところだろう。
「なるほどな。朝起きたらみんなこれを見たってことか……」
これは目立つな。ニューストピックとしては今日、一番話題になるものだ。
まだ、地方で活躍している冒険者だとかなら顔もあまり割れてないだろうが、ずっと王都を拠点にしているので、俺たちの顔を知っている奴は多い。
しかも、ミーシャが獣人ということになっているので、余計に目立つのだ。獣人でここまで偉大な冒険者になった者はほぼいないらしいからな。
「この調子だと、どこまで行ってもSランク冒険者として声をかけられるわね。なんだか、芸能人にでもなったみたいだわ」
「そうだな……。うれしい悲鳴ってことかな……」
「あ~あ、ご主人様ともっと落ち着いたデートをするつもりだったのに」
いかんな、本格的にミーシャの機嫌が悪くなる前にどうにかしないと……。
「ミーシャ、服でも見ないか? かわいいワンピースを買おう」
ミーシャの耳がぴくぴくっと動いた。
「うん! 私、ご主人様のためにもっとかわいくなるわ!」
よかった、機嫌が明らかに持ち直した。
ミーシャはいつも着ているローブと違って、すごく明るくて軽い色のワンピースを試着した。
「どう、ご主人様? 似合ってる?」
そして、くるくるっとターンするミーシャ。スカートの部分がふわっとひるがえって、なんというか、健康的な美しさがある。
思わず、俺は黙り込んだ。
「ご主人様? 何か言ってよ。無言っていうのはひどくない?」
「いや、違うんだ。はっきり言って、かわいすぎて、言葉を失ったというか……。おてんばなお姫様って感じで……」
だって、店の中にいた女性客まで見とれているようになっていたぐらいなんだから。
ミーシャも満面の笑みになる。
「そんなに、ご主人様が気に入ってくれたなら買わないわけにはいかないわね! でも、もっと似合うのも隠れてるかもしれないし、もうちょっと探してみようかしら」
ミーシャは結局、その店で三着のワンピースとドレスを買った。荷物はかさばったが、ミーシャはにこにこしてその服が入った袋を抱えていた。
「荷物になるなら俺が持とうか?」
「いいのよ。これは私をもっとかわいくするための装備品なんだから!」
その笑顔で、はっと気づかされた。
そっか、一般的なデートってものを俺とミーシャはあんまりしてこなかったんだな。すぐに冒険者としてこの世界に放り出されたからな。
でも、ミーシャだって女の子なんだからこういうデートもしたかったんだ。