79話 温泉発見
この廊下の奥がゴールだ。
「なんか、いかにもボス戦前のタメって感じなんだよな。この長い廊下」
「えっ、ボスみたいなのがいそうなんですか?」
レナが不安な顔になる。
「ああ、今のは言葉の綾だ……。変なモンスターがいるってことはないと思う……」
このダンジョン構造が一段落つくのは地下35階層のはずだから、仮にボスがいるとしても、そこだろう。
「まあ、いわくありげな空間ではあるから、次の部屋に入る時に気をつけるぐらいのことはしたほうがいいけどね。水路が壊れたら大変だろうから、爆発物みたいなものは仕掛けてないでしょうけど」
だんだんと廊下の終わり、つまり次の部屋の入口が見えてくる。
さすがにミーシャの足もちょっと慎重になる。
「ここ、部屋に入るところだけ、床が違うんだけど」
たしかに、そこだけ緑色の光が発光していた。
「レナ、これ、何かわかる?」
「さあ……。私も初見です……。おそらく、こんな深さのところに来ないとない仕掛けなんじゃ……」
「じゃあ、踏むわ」
その床にミーシャは気にせず乗ったが、とくに何も起こらない。
「問題わね。みんなも来て大丈夫よ」
水路をさかのぼっているので、小さな泉でもあって終わりってことが一番ありそうなところだけど、どうせだから未開封の宝箱の一つでもあったらうれしいな。
ミーシャがこころなしか静かな足取りで部屋に入った。
そして、すぐに歓声をあげた。
「わあ! すごくいいじゃない!」
「何があったんだ?」
俺とレナも期待に胸をふくらませて、ミーシャに続く。
その部屋は煙で曇っていた。
といっても、何かが燃えているわけではない。
お湯が出ているのだ。
水路の終点は泉は泉でも温泉だった。
六角形の石の枠がちゃんと作られていて、その中央から、ごぽごぽと水がお湯が湧き出ている。
ミーシャは早速、手を突っ込んでいた。
「いい湯加減ね。これ、温泉よ!」
「あっ、ほんとだ。ほどよい温度だな。41度ぐらいかな」
ずっと水路に手を入れていたわけじゃないが、上流の水はぬるかったのかな。
――と、廊下を鎧のモンスターが走ってきた。
「やっぱり、そのうちモンスターが来るか」
「はさまれる可能性がないんだから楽勝よ」
たしかにミーシャの言うとおりでむしろちょうどいいレベル上げの場所ってところだ。
俺たちはその部屋で待ち受ける。
しかし、そこで意外な事実に気付いた。
モンスターが部屋に入ってこれないのだ。
怯えているという可能性も絶対にないとは言い切れないが、ずっと部屋の入り口でとどまっているから、そういうわけでもなさそうだ。
そしてモンスターの真ん前は緑色に発光している例の床なのだ。
「これは、あれだな。モンスターの侵入を拒む効果があるんだな」
そう解釈していいだろう。
「源流を壊されたりしたら大変だから先人がここにこういう仕掛けを作った――そういうことみたいね」
「だな。とにかく、この部屋にいるうちは絶対に安全だ」
安全が確保されたところで、ミーシャがまた何か思いついたらしい。
「ねえ、せっかくだし、この温泉に入っていかない?」
まあ、ミーシャも日本の猫だからな。温泉を見るとつかりたくなってもおかしくはないかもしれない。
とはいえ、俺の側に多少の抵抗はあった。
「ここ、着替えるスペースなんて当然ながらないんだけど……」
そもそも、モンスターが入らないようにしてるぐらいだし、この施設を作った人間からすると、これは入浴施設じゃなくて、純然たる聖なる泉なのだ。だから、脱衣場もなければ石鹸も置いてない。
「そりゃ、これが地下5階層とかだったら、やめとくわよ。いくらでも冒険者がやってくるんだから。だけど、この階層ならいるとしてもモンスターだけでしょ。のぞかれる恐れもないじゃない」
「のぞかれはしなくても、俺たちは三人いるだろ」
「私はご主人様に見られても、レナに見られてもいいけど」
まあ、それはそうか。
「でも、俺がレナを見るのはまずいだろ?」
レナもびくっとした。
「そうですね……。ちょっと、それは見えないようにしていただきたいかな~と……。姉後もいい気持ちはしないでしょうし……」
しばらくミーシャは腕組みをして考えているようだったが、
「レナ、体にまけるようなタオルはある?」
「小さいものなら。あとは包帯は持ってきてますけど」
「じゃあ、それでいいわ。ご主人様は私たちがいいというまで、壁のほうを向いてて」
わざわざ抗うこともないので、俺は素直に壁を向いた。
――数分後。
「ご主人様、もういいわよ」
ミーシャとレナは湯船につかっていた。
レナの胸には包帯が巻いてあって、タオルのほうで下半身を隠していた。
なるほど、たしかに問題がないと言えばないな……。
とはいえ、ミーシャのほうは何も隠してないので、胸とか丸見えで、ほとんど夫婦みたいなものとはいえ、レナもいるし、屋外と言えば屋外だから、妙な気恥ずかしさがあるが……。
「はい、ご主人様も脱いで、入ってきて!」
「え、俺も……」
「当たり前でしょ。このままじゃ、不公平だわ」
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