78話 水路探検
水がほぼ飲み放題なのはうれしいけど、地下33階層はこれまでと比べると、やはり難しいと言っていい。
単純に敵が強いのだ。俺はまだ剣士という立場上、装備が充実しているので不慮の事態も起こりづらいけど、レナはシャレにならんだろう。
「レナ、ここからは最初はまず、私の後ろに隠れるぐらいの気持ちでいなさい。あなたが集中して狙われると途端に危機的な状況に陥るわ」
「わかりました……。私もかなりこのフロアは怖いなと思ってます……」
「ご主人様は後ろを守ってあげて」
「わかった。何か背後から来たらすぐに知らせるからな」
ほぼ縦一列に動くという方法で俺達は33階層の攻略を進めることにした。
まだ、対策をとれば大丈夫とミーシャは判断したんだろうけど、さらに強い敵が出てきたら、引き返すことになるかもしれないな。
そのあともモンスターが明らかに強くなっていた。
青っぽい色のサソリはものすごく硬くて、剣があっさりとはじかれた。
しかも毒を持っていたらしく、戦闘後に毒治癒の魔法をかけてもらった。
「この毒、私が把握してない種類の毒ですぜ。ここまで深いと毒も珍しいものになってるな」
レナがサソリを調べたあとにそう解説を加えていたので、余計に怖くなった。
これだけ深いところで変な毒を受けて治癒できなかったら、かなり危険だぞ。
ビッグアイの亜種みたいなのも目からレーザーみたいなのを出してきて、火傷した。
もちろん、戦闘がすんだら回復魔法をミーシャからかけてもらったが、体力の四分の一ぐらいは一撃で奪われた気がする。
「二人に話があるわ」
ビッグアイを倒したあと、ミーシャが言った。
「実感してるだろうけど、敵がかなり強力になってきてる。今回はこの33階層で一度、引き返しましょう。私達は無茶をする必要はどこにもないんだから」
「そうだな、安全第一でいこう」
「なんか、私が足を引っ張ってるみたいで申し訳ないです……」
レナが恐縮した。
「あなたも大事なパーティーの一員なんだから申し訳ないと思うことなんてまったくないわよ」
「そうそう。ミーシャの言う通りだ。レナに助けられたことも多いし」
ただ、レナの気持ちもわからなくもない。パーティーである以上、誰かがボトルネックになった時点で戻らざるをえないけど、それが自分というのはあまり気持ちいものじゃないだろうな。
もちろん、体力も防御力もあまり高くない盗賊の特性的なことだから、やむをえないってことは理解してるだろうけど。
「まあ、このフロアを探索する程度のことはまだできるでしょ。しっかり調べて次に備えましょう」
「帰ると決まったら、水をくんで持って帰ろうな」
水筒は持参しているが、そこの飲み物より確実にこのフロアの水のほうが美味い。
――と、そこで、「ぱん!」とミーシャが両手を叩いた。
「あのさ、ふと気になったんだけど」
「うん、何だ?」
「水路を水が勢いよく流れてるわよね」
「どっからどう見ても流れてるよな。これを流れてないって表現する奴がいたら、ちょっと変な奴だ」
「じゃあ、これをさかのぼっていったら、どこにたどりつくのかしら?」
ミーシャが疑問形で聞いてきた。
といっても、すでにミーシャの中で答えがあるのはわかった。
そして、その答えがすぐにやってきた。
「私、この水の源流を見てみたいわ」
こういう欲求に明確な理由なんてない。源流が見たいんだったら、もう、それはそういうことなのだ。
「わかった。じゃあ、そこにたどりつくのを今回の探索の目標にしよう。ええと、レナもいいかな……?」
「もちろん、いいですぜ。何か目的があったほうが張り合いもありますし」
これで反対意見はなくなった。
ミーシャも悪い反応がなくてうれしそうだった。機嫌がいい時は尻尾がちょっと立っているのだ。逆に機嫌が悪い時は尻尾が横にぶんぶん揺れる。
「ちなみに、単なる好奇心ってわけじゃないのよ。水が湧いてるところって、きっと聖なる場所として大事にされてると思うの。何か特別なものがあるかもしれない」
「たしかにその可能性は高そうだな」
自分から単なる好奇心じゃないと言ったということは、好奇心があることも事実なんだろう。猫は一度、気になったらとことん、それを追いかけずにはいられないのだ。これは、習性のレベルの話だから、誰も抗えない。
「というわけで、出発するわよ! 水の流れに沿っていくから迷うこともないわ」
ミーシャのテンションが明らかに高くなった。まあ、漠然と探索するよりはたしかにこのほうがいい。
水路をだんだんとさかのぼっていくと、意外な発見もあった。
少しずつ水路が細くなっているようなのだ。
「上流ほど水が少ないのかな。現実の川と同じ現象だ」
途中から水が追加で湧いたりしているのだろうか。そのこと自体は今はどっちでもいい。ひたすら遡行を続ける。
当然、モンスターも出てきたが、威勢のいいミーシャがバシバシ猫パンチを放って、排除していった。
少しずつ、水の流れもゆるやかになっているように感じる。
「これはゴールも近いぞ」
「何かお宝みたいなのがあったらいいですね!」
俺とレナも次第にテンションが上がってきた。たしかに、こういう地下に続くダンジョン探索に明確なゴールの設定ってあまりないよな。ボスのモンスターがいる塔とかなら、また変わるんだろうけど。
やがて、水路が脇にある不自然なほどに長い廊下に出た。
モンスターに挟み撃ちにあったらかなり危険な構造だが、こちらにはミーシャがいるので、そのままずんずん進んでいく。
「きっと、この先に何かあるわ」
「俺もそう思う」
この廊下の奥がゴールだ。