73話 怪しい宝箱
そういえば、クモの動きが止まってきたような。
さっきまでしつこく糸を吐いていたのに、その様子がない。
ダメージを受けたから、怯えているのか?
やがて、クモがこちらに近づいてきた。
違う、これ、クモが落下してきているんだ。
「ご主人様! よけて!」
「わっ! 危ねえ!」
俺は横っ飛びになってかわす。
足をはさまれそうになったが、どうにかなった。
クモはまだ生きてはいるが、動きは明らかに緩慢になっている。
「ほら、毒が効いてきたんですぜ」
レナはなかなか得意そうだ。
「盗賊っていうのは、こういうふうに戦うもんなんでさあ。このナイフは毒が強いから、これまで使ってなかったんですけど、地下深くに潜るから持ち出してきたんですぜ」
「見事な腕前ね。でも、やっぱりあなたの戦い方は見ていて危なっかしいわ」
ミーシャは念のため、回復魔法を俺とレナにかけてくれた。
「さて、まだクモも生きてるから、旦那、とどめを頼みますぜ」
「まあ、剣士の仕事は地上の敵を倒すことか」
俺は剣を振り下ろしてとどめを刺した。
●
そのあとも俺たちは地下31階層をゆっくりと移動していった。
この階層のモンスターに囲まれると危ういからだ。うかつにずかずか進むのはよくない。
――と、小さな袋小路の小部屋に入りこんだ。
そこに未開封の宝箱があった。
「これも私の領域みたいだな」
たしかに、宝箱の開錠といえば、盗賊の仕事だ。
とくにこの階層の宝箱だとすると罠だった場合のリスクも高い。
「あれ、でも、レナって開錠のスキルって持ってたっけ?」
ステータスの中にはなかったような。
「開錠ぐらいは盗賊のデフォルトですから、わざわざ載ってないんでさ。むしろ、大事なのはカギを破ったり、気配を察知することですよ」
たしかに開けることができても、それがモンスターだったり罠だったりしたら、シャレにならないものな。
「じゃあ、レナ、よろしくお願いするわ。この階層のものなら、もしかしたらすごくいいものかもしれないし」
ミーシャも宝箱に興味があるらしい。
「了解です。私も姉御にいいところ見せたいですしね」
レナはしゃがみこむと、宝箱に耳を近づける。
「ううむ、音はしねえな。ミミック系のモンスターなら息づかいを感じるんだけどな」
なるほど、そういう判断の仕方があるのか。
それから、レナは今度は鼻を近づけた。
くんくん、においをかぐ。
犬のように。まあ、まさにライカンスロープだけど。
「においで何かわかるのか……?」
「火薬によってはにおいでわかりますからね。ちゃんと意味はあるんですぜ」
いつものレナとは思えないほどに慎重だ。
宝箱は罠の危険も高いからな。
しかし、レナが宝箱を開ける前から――
宝箱が大きく口を開けて、レナに噛みつこうとした!
「レナ、伏せろ!」
もしもの時に備えて準備していたから、すぐに動けた。
「何だよ! 開ける前から攻撃してくるなんて反則だぜ!」
レナは無事に安全圏まで体を伏せた。これで思い切り剣を振り切れる。
俺の剣の一撃がミミックにぶつかる。
バァンッ!
ミミックが壁に吹き飛ばされる。
そこにミーシャが接近する。
「二度と閉まらないようにしてあげるわ!」
ミーシャの猫パンチがミミックに直撃した。
それが致命傷になって、ミミックはひしゃげて動かなくなった。
「ふぅ、用心しててよかったな。結局、無傷で倒せた」
「旦那、ミミックっていうのは開けるまで動かない性質のものなんですぜ。でないと、チェックもできねえ。こいつはズルをしやがったんだ……」
先に奇襲を浴びてばつが悪いのか、レナは浮かない顔をしている。
「そうなんだろうな。きっと、地下深くにいる奴は性質が違うんだろう」
盗賊だって、地下31階層のことまでは把握してないはずだ。
「さてと、探してちょうだい、レナ。ミミックがいいアイテムを持ってるってことも多いでしょ」
こく、とレナがうなずく。
「そうですな。ええと、これはミミックの魔法石か。それと……奥に何かあるな」
レナが宝箱から取り出したのは、金属製の腕輪だった。
ただ、その腕輪、どこかで見た紋様が彫られている。
「これ、王家の紋章じゃねえか!」
レナが大きな声で叫んだ。
「それって、つまり、すごく大事なものってことか……?」
「とんでもないものであることには違いないですぜ。王家の紋章を関係ない人間が刻むのは重罪ですから。贋作を作って、ばれないように処分したのをミミックがため込んだか、あるいは本物をミミックがため込んだか、どっちかです」
俺たちの頭には自然と王家の幽霊が浮かぶ。
「あの冒険者が生前に紛失したって可能性が高いな」
「そうでしょうね。偽物の処分だけなら、こんな深くまで来るとは思えないし。ちなみに、レナ、その腕輪はどういう効果があるかわかる?」
「う~ん」
レナは鑑定士みたいに腕輪をいろんな方向から眺めた。
「おそらくですけど、モンスターの特殊能力を無効化するものですね。とくにソロの冒険者には必須のものですぜ。眠らされるかどうかで生き死にが決まりますから」
いよいよ、あの王族の冒険者のものの可能性が高くなってきたな。
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