70話 宿屋にも凱旋
「あ~あ、しんどかったぜ……」
昇進試験が終わったあと、レナはギルド併設の酒場で青い顔をしていた。
ミーシャにとことん詰め込み教育を受けたせいだ。
「そもそも、王様の推薦なのに、試験があるっておかしいだろ……。試験も免除してほしかったぜ……」
「それは俺も経験者だから思うけど、その分、Aランク冒険者は知性もあるって思ってもらえるんだ。悪いことじゃないだろ」
「でも、本当に丸覚えだから、落第してるかもしれないですけどね」
「大丈夫よ。落第してたら、次の再試験まで、また私が教えてあげるから」
にこっ。
ミーシャがレナに笑いかけるが、レナのほうは逆に血の気が引いて、青い顔になっていた。
「そ、それは勘弁してほしいですぜ……。あ~、合格してくれ、合格してくれ!」
「藁にもすがる思いだな……」
一方、ミーシャのほうは平然としている。
「ミーシャ、お前は余裕か」
「そうね。あれぐらいなら何の問題もないわ。まあ、ギルドや冒険者の歴史自体に抜けてる部分が多すぎて、当てにならないけど。たとえば、あの幽霊の王族冒険者の記録はどこにもないわ」
「そこは歴史学のつらいところだな。ないものを伝えようがない」
そして、お酒を飲みながら待っていると、ギルドから二人とも合格の連絡が来た。
「やったぜー! 追試しなくてすむ!」
「ありがとうございます」
無茶苦茶喜んでるレナと、合格はわかってたからとくにうれしくもないといった感じのミーシャ。
ここまで反応が違うというのもすごいな。
酒場の客もなかなかざわついていた。
「おいおい、獣人が二人揃ってAランク冒険者かよ……」
「もう、獣人をバカにできねえな……」
そんな声が聞こえてくる。
獣人はこの世界だと差別されてもいるから、こういうのがきっかけでバカにするような空気が多少でも薄まればいいな。
「王都最高の冒険者パーティーに乾杯!」
「俺たち冒険者の誇りだぜ!」
こんな俺たちを讃える声もある。
「きれいどころを並べてうらやましいぞ、ケイジ!」
「夜は二人をとっかえひかえやるんだろ!」
「獣人しか抱けない男ってのは本当なのか」
風評被害もやってきた。
「おい! 根拠のない話はやめろ!」
「そ、そうだぜ! 私と旦那には何もないんだからな!」
レナも火消しに協力してくれた。ただでさえ、ミーシャが横にいるんだから、こういう風説は困る。
「大丈夫よ。私はご主人様を信じてるから」
ミーシャはクールな態度でいてくれている。助かった。
「もし、二人の間に何かあったとしたら、ご主人様からもっとレナのにおいがしそうなものだもの」
そういう発想か……。
まあ、なんともないと認識されるのはありがたいが。
「さてと、今日のごはんなんだけど」
ミーシャに何か案があるようだ。
「せっかくだし、昔お世話になった宿で食べない?」
◇
その夜、ヴェラドンナを連れて、俺たちはこの世界に来てから長らく逗留していた宿に行った。
たしかに宿って屋敷ができたら使うこともないし、料理をレナやヴェラドンナが作るようになると、食堂で外食することもほぼなかった。
なので、ミーシャがこういう機会を作ってくれて、よかった。
久しぶりに女将さんと再会する。
「こんばんは、パーティー揃ってAランク冒険者になりました」
「うわあ! ものすごく出世したねえ! ――っていっても、ケイジ君がAランクになったのは当然知ってるけどね!」
「大会で優勝した結果ですからね」
「いやあ、この宿を使っていたパーティーがこんなに偉くなって、私も鼻が高いよ。ミーシャちゃんも本当におめでとう!」
「ありがとう。今では人でいるのもすっかり板についてきたわ」
「そちらの犬の獣人の子も凄腕なんだね。いやあ~、素晴らしい!」
「私も旦那と姉御に拾われて出世した側なんですけどね。お二人はとんでもない大物ですぜ」
それから、女将さんは最後の一人のメイドさんにも視線を送る。
「こちらは屋敷の使用人さんかな?」
「はい、屋敷の管理をしておりますヴェラドンナと申します。よろしくお願いいたします」
「こちらは狐耳、見事に獣人さんばかりだね。まあ、ミーシャちゃんはちょっと例外だけど。さて、娘も呼んでくるよ!」
ルナリアとも最近会えてなかったものな。
一分ほどすると、ルナリアが走ってやってきた。
「あっ、ケイジさん!」
ルナリアは俺の顔を見るなり、目がうるみだして、泣き出してしまった。
「いや、何も泣かなくても……」
「あの、ミーシャさん……?」
ルナリアがミーシャに何か合図をした。
「いいわよ。今だけはご主人様はあなたのもの」
ミーシャがなにやら認めた。
ルナリアは俺にぎゅっと抱きつく。
ああ、そういうことか。
「姉御、これはいいんですかい?」
「この子はね、前にご主人様に告白して振られた経験があるの。残念ながら私がもういたからね」
レナもそれで意図を理解したらしい。
「じゃあ、ちょっとぐらいは慈悲をかけなきゃダメですな」
俺はしばらく、ルナリアにされるがままにしていた。
離れたくないなら、離れないでいる。
「今、ケイジさんの体に触れてるだけでもわかります……。本当に、偉大な冒険者になってるって……」
「すべてのはじまりはルナリアを守った時だったかもしれない」
冒険者としてのプライドを持って戦う、それができたのはルナリアの護衛をしてモンスターと戦ったのが最初だ。
「ある意味、私の見る目は間違ってなかったってことですね……」
「ありがとう。でも、俺はもっと強くなるから」
ダンジョンはもっともっと先がある。地下30階層じゃ序の口だ。
そのあと、俺たちは食堂の料理をとことん堪能した。




