68話 王家の幽霊
「そういうことよ」
ミーシャの声はあまり広がらないことを注意しているのか、かなり小さなものだった。
「ここにいるのは王家の幽霊よ。今から百五十年も前の人ね」
「百五十年前の王様だと誰だっけ……」
こんなことなら、もっと王国の歴史を勉強しておくべきだった。
「王様とは言ってないわ。王の十一男だった人。末子だったそうよ」
こうやってミーシャが俺に説明できるということは、やはりミーシャは幽霊とコミュニケーションができるのだろう。少なくとも幽霊が何かを伝えようとしていることが聞こえるらしい。
「本人の幽霊がいる場で言うことじゃないかもしれないけど、王家でも十一男となると、あまり重要視されない人物なのかな……」
次男や三男ならともかく、王に即位できる可能性もほぼないだろう。
「そうみたいね。お墓も王家直系とは違うところに小さく、ちょこんと作られただけらしいわ。墓碑も何人も連名のものだって」
まあ、個人で並べたらものすごい数になるから、しょうがないのだろうか。日本の大名の墓でも、藩主とか正室はちゃんとしたところにあっても、その他の親戚は横に押し込められてたりするしな。
「最低限の領地などは与えられたらしいけど、あとはかなり自由のきいた生活だったらしいわ。それでここからが大事な話なの」
俺は心して聞くことにした。
超常現象と俺は向き合っているのだ。
「十一男だった彼は冒険者になることにしたの」
おっ、俺たちとかかわりのありそうな話だ。
「彼の場合、バックに王家があったから、財力には比較的余裕があったわ。だから、いきなり強力な装備を使うことができた。それに王族の冒険者という箔もついて、早めにいいパーティーも組めたそうよ」
「まあ、そうだよな。かなりの有名人だもんな」
「おかげで彼は順調に成長していって、やがてかなり有名な冒険者になったの。私たちが潜ってるダンジョンも奥深くまで探索していったそうよ」
「ちなみに何階層だ? たしか、この国の公式記録って地下30階層なんだよな」
俺たちも今のところ、地下30階層まで行っている。
俺とミーシャなら確実に先にも行けたのだけど、そのあたりで今度はレナのレベル上げなどもやるようになって、ちょっと止まっていた。
今なら三人でほぼ確実のその下に進むことができる。
「ちなみに一人で潜って地下45階層だって」
「記録大幅更新じゃないか!」
これまでの約1.5倍だ。
「といっても、さすがにぎりぎりでそこまで潜れたってことみたいだけど。モンスターみたいなのに出会っても極力逃げたらしいわ」
「ああ、特定の階層に目的がある時とかに使う手法だな」
モンスターとの戦闘を上手く回避できれば、かなり地下深くまで行くこと自体はできる。
もちろん、モンスターとの戦闘になれば殺されるリスクも高くなるので、あまり推奨されることではないが。
俺がゴールドスライムを倒しに行った時に使った方法だ。
「そこまで深いと認定するための証拠が得られなくて、ギルド側から黙殺されたらしいわ。書類としては提出したものの、その次元に到達できるほかの冒険者がいないから確かめられないまま、書類も散逸しちゃったそうよ」
2000年前にアインシュタインが登場しても、みんな何を言ってるか理解できないだろう。
一人だけずば抜けていると、すごいことすら証明できないんだな。
「それで、地下深いダンジョンにはいろいろと特別なものが必要みたいだわ。ここからがあまり口外できないことなの」
俺は少しミーシャのそばに寄った。
このほうが小声で説明がしやすい。
「普通にダンジョンを潜ると地下35階層で一度終点になっていると思うらしいの。そこから下に行く階段がないからだって」
「まあ、それだけ深ければ、これより先がないって感じるか」
「でも、実は35階層には目に存在しないものを映す魔法がかかっていて、壁に見える先に通路があるらしいの。そこにさらに地下へ行く階段があるって」
なるほどな、これは機密と言っていい。
もっとも、知ったところで地下35階層に行ける冒険者がほぼ存在しないはずだが。
「大事な話はこれでおしまいね」
ミーシャが俺のほうに顔を向けた。
「ありがとう。でも、なんでここに昔の冒険者の幽霊が出てきたんだ?」
こっちは今のところ、利益を享受しているばかりだ。
「私たちが35階層を目指せる次元の冒険者だと認識したから伝えに来た――そうよ」
ぽんとミーシャは俺のおなかのあたりに手を置いた。
「君たちなら地下45階層の記録も破れるかもしれない、頑張りなさい――だって」
そっか、俺たちは託されているんだ。
「わかりました、大先輩、見ていてください」
とことん、地下深くまで潜ってやろうじゃないか。
俺とミーシャはその幽霊におじぎをして、一行の元に戻った。
「なんだか、遅かったですね」
リチャードが不思議な顔をしていた。
「まあ、ちょっと、いろいろあったんだ……」
なぜか、リチャードは急に得心がいったという顔になった。
「あ、そうか! お二人はお付き合いされてるんですね! だったら、キスぐらいしますよね!」
いや、別にそういう理由だったんじゃないんだけど……。
だけど、こくこくとミーシャがうなずいていた。
「ええ、そうよ。ご主人様とは一日に三回はキスをしないといけないから」
堂々とそう言って、ミーシャは俺の手を引いて、そこから離脱する。
「なんだか勝手に勘違いしてくれてよかったわね」
「そうだな」
「屋敷に帰ったら、たくさんいちゃいちゃしようね、ご主人様」