58話 出発前夜
後ろから出てきたいかにも豪華なローブを羽織っているのが王だろう。
そんなに年はいってないな。35歳ぐらいだろうか。
かなり精悍な顔をしているように見えるが、暗愚だと王もつとまらないということかもしれない。
前は少し高い壇になっているが、そこに立つ。
「みんな、よく集まってくれた。ガートレッド王国第二十三代目の王、アブタールだ」
よく響く声だ。
「すでに書状にも書いていたが、君たちAランク冒険者の力を借りて、王家の墓の安寧を取り戻したい」
「具体的に特定のモンスターを倒す必要があるというわけではない。森がモンスターの巣のようになってしまっているので、これを実力行使で排除してもらう」
「王よ、といっても我々が呼ばれたということは、それなりに危険な仕事なのでしょう?」
5人ほどのパーティーにいた剣士風の男が尋ねる。
その態度からすると、王とも初対面じゃないんだろう。
「ああ、土ドラゴンとロック鳥が巣を作って住み着いている。こいつらに打ち勝つには生半可な冒険者では困る。それに王家の宗廟の近くで死者をたくさん出すのも避けたい」
ケガレの思想があるのかわからないけど、まあ、ないとしても、気持ちいいものじゃないよな。
「王家の墓までの荷馬車などで移動するなら丸2日以上はかかる。食料に関しては軍隊が物資を運ぶので心配しなくていい。寝るための仮設の小屋も作る予定だ。君たちにはとにかく墓の周辺のモンスターを片っ端から退治してほしい。とくに土ドラゴンとロック鳥の巣を破壊してくれ」
俺は、小声で、
「土ドラゴンってどんなドラゴンなんだ?」
とミーシャに尋ねる。
ミーシャはかなり本を読んでいるので、俺よりモンスターには詳しい。
「たしか、翼の退化した陸上生活のドラゴンよ。土の中に住んでるから土ドラゴン。空を飛ばない分、腕の筋肉が相当発達してて、攻撃力だけなら相当高いわ」
ダンジョンはそんなに広くない分、大型のモンスター自体は少なかったが、こいつはかなりの大物らしい。
「それに土に巣を作る時に地面を思い切り掘り返すから、墓が荒らされる恐れもあるわ。王家がどうにかしようとするのもわかる」
「たしかにそれは厄介だ。ロック鳥っていうのは?」
「これは炎を吐く巨大な鳥よ。たいていは高山地帯に住んでるはずなんだけど、なんでか王家の墓の森に住んでるみたい」
「実力としては土ドラゴンぐらいか?」
「個体差によるわ。ただ、空を飛ぶからしとめるのは極めて難しいとされてる。とくにロック鳥の卵は200万ゲインで取引されてるわ」
日本円で2000万か。なかなかとんでもない額だ。
「そんな卵、何に使うんだ? 卵焼きでも作るのか?」
「すりこみってあるでしょ。雛鳥に自分を親だと思わせれば、いろいろとしつけられるの」
さて、王の話に戻るか。
「森の規模からして、モンスターの掃討には5日はかかると見込んでいる。聖職者は何人か連れていくので、回復も可能だ。よろしく頼む」
王の話はだいたいそれで終わった。
まあ、機密性の高いことでもないし、これ以上話すこともないだろう。
モンスターを倒せ、それだけだ。
ただ、クエストのこと以外も王は話すつもりだったらしい。
「ケイジ、レナ、君たち若い力にも期待している」
名前を呼ばれるとは思っていなかったので、かなりびっくりした。」
「あ、はい……まさかご存じとは……」
レナも国家のお尋ね者だったせいもあり、きをつけの姿勢になって、体をぴんと伸ばしている。
「大会での勇姿、我も見ていた。あれだけの気迫があれば土ドラゴンにも勝てるさ。ああ、あと、ミーシャ。君の魔法も相当な威力だそうだな」
「あれ、私、目立つようなことはしてないつもりなんですが……」
ミーシャは自分は呼ばれないと思っていたのか、ちょっとびくっとした。
「ハンナという魔導士から聞いた。Aランク確実の魔導士がいるとな。しかも、メインはむしろ回復系の魔法だという」
思ったよりも、情報に精通してるな、この王様。
ほかの冒険者も俺たちのほうを興味深そうに見ている。
「頼りにしているぞ」
あながち、おせじでもないんだろう。
出発は翌日ということになった。
遠方から来ている冒険者は王城に泊まるが、俺たちは屋敷に一回戻ることにした。
帰宅すると、ヴェラドンナがいろいろと食材を買い込んで、手のかかる料理をいくつも作っている途中だった。
「せっかくですので、激励会をいたしたいと思いまして。よい葡萄酒も入りましたし」
「ありがとう。いいメイドさんが家にいてくれてよかったよ」
その日の食卓はいつも以上に盛り上がった。
食事のあと、風呂に入ろうと廊下を歩いているところに、ヴェラドンナに声をかけられた。
「あの、ケイジ様」
「うん、どうした?」
珍しく、ヴェラドンナの表情に憂いの色が浮かんでいる。
「あの……お嬢様をどうかお守りください……」
ああ、レナの身を案じているのか。
「お嬢様のご両親はお二人とも、お嬢様を本当に心配していらっしゃいます。当然、冒険者としてやっていきたいというお気持ちは理解なさっているのですが……」
ぽんぽんとヴェラドンナの肩を叩いた。
「わかってる。絶対にあいつをここに連れて帰る」
パーティーの誰も死なせない。
「ありがとうございます」
丁寧にヴェラドンナは頭を下げた。