47話 魔導士に弟子入り
ある朝、ミーシャがベッドの中で唐突にこうつぶやいた。
「私、魔法の数が少ないと思うの」
「えっ? そんなことないんじゃないか?」
俺は魔法がまったく使えないので、いくつか使えるだけで尊敬する。
「そんなことあるわよ。私の魔法って治癒系に特化しすぎだし、あとは変化の魔法が使えるぐらいだもの。攻撃魔法すらないのよ」
まあ、そこは職業上の問題だろうな。
おそらく魔導士というよりは聖職者系なんだろう。
「だからね、私、魔法の勉強をしようと考えてるの。ほら、攻撃魔法があればご主人様を助けることもできるし」
「勉強って魔道書を買うのか?」
地下深くで戦っていたせいもあって、俺たちにはかなりのたくわえがある。魔道書が高価でもどうとでもなる。
「それもいいんだけど、効率が悪い気もするのよ。一度、魔導士に弟子入りするのもいいかなって」
「弟子入りか……。うん、それはいいんだけど……ちょっとだけ気がかりがある」
「気がかり?」
何のことだかわからないらしく、ミーシャは首をかしげた。
「男の魔導士だと、その……ミーシャはかわいいから、ちょっかい出されるんじゃないかなって……」
ミーシャが心変わりする可能性ははっきり言ってゼロだと思ってるけど、相手が興味を持つ危険はおおいにある。
「それに魔導士から魔法を教えてもらうってなるとマンツーマンだろうし……」
「ご主人様、そんなに私のこと、心配してくれるのね」
笑いながら、ミーシャが抱きついてきた。
ミーシャは猫なので、朝からでもいちゃいちゃしてくる時はしてくる。
「そりゃ、心配もするって……。当たり前のことだ……」
「その当たり前がうれしいの!」
結局、レナがその日の朝食の用意をするまでいちゃいちゃしていた。
◇
その日、ミーシャはギルドや魔道書店などを回っていた。
理由は弟子入りにちょうどいい魔導士を探すためだ。
「条件は、女性で、攻撃魔法が得意で、やさしい性格の人、あと犬派より猫派。それでいい人いないかしら?」
ギルドにも魔法が使える冒険者はそれなりにいるので、情報は多少は入ってくる。
その結果、王国にもよく呼び出されるような若い女魔導士がいることを、ギルドにいた魔導士が教えてくれた。
「ハンナっていう魔導士が女性の中では凄腕だけど、弟子はあまり取らないんですよ。なので、ケイジさんの紹介状があったほうがいいかなと思います」
「なんで、俺の紹介状が効き目を持つんだ?」
「ご主人様がAランク冒険者だからよ」
魔導士が「そうです」とうなずいた。
なるほど、Aランク冒険者ってけっこう価値があるんだな。
「じゃあ、せっかくだし、ご主人様も初日は一緒に来てよ。どうせならご主人様と一緒にいたいし」
こう言われると悪い気はしないし、ミーシャが一人で出歩いて変な虫がつかない危険もまったくないとは言えないので、そうすることにした。
街のはずれにハンナという魔導士の家はあった。
「ゴミ屋敷……ではないけど、けっこうガラクタみたいなのが多いな……」
庭にはアーティファクトなのかただのゴミなのかよくわからないものがたくさん置いてあった。
でも、ある意味、いかにも魔導士の家って感じもする。
ドアをノックすると、眠そうな顔でぼさぼさの髪の若い女性が出てきた。
黒いローブを着ているから、この人がハンナなんだろう。
「何でしょうか? 夜明けまでお酒飲んでたんで、寝不足なんですけど……」
けっこう、ダメ人間だな……。
「私、ミーシャと言います。弟子入りさせてください」
ぺこりと頭を下げるミーシャ。
俺は紹介状を渡す。
「へえ、Aランク冒険者のパーティーの子なんですね。わかりました……まあ、いっか。じゃあ、あっちに荒地があるんで、そこで広範囲の攻撃魔法を試しましょうか」
眠そうな割にはあっさり弟子入りさせてもらえたので、よかった。
「あっ、俺も見学していいですか……? その、Aランク冒険者として見聞を広めたいというか……」
「いいですよ。減るものじゃないですし」
こうして俺はミーシャの特訓を見守ることになった。
ハンナはロッドをさっと前に突き出す。
「ほいさ」
目の前にブオオォォっと炎が飛び出る。
おお、なかなかの威力だ。
「こういう火炎の魔法が一番一般的ですね。回復の魔法とはコツが違いますが、やれなくはないんじゃないでしょうか。じゃあ、コツを教えます」
「はい、お願いするわ」
二人はぶつぶつと顔を見合わせて何かしゃべりだした。
「まあ、あとは練習あるのみですね。ためしにやってみてください」
数分後、ハンナが俺にも聞こえるように言った。
「なんか、魔法の習得ってけっこうアバウトなんですね……」
もっと秘教的なものかと思ったけど、見学OKの時点でゆるい。
「攻撃魔法はポピュラーですからね。隠すようなものじゃないですので」
たしかに炎の魔法ってベーシックだよな。
ロッドを借りたミーシャが、それをぎゅっと握る。
さあ、いよいよ挑戦だ。