30話 変化魔法の限界
その日、ミーシャは帰宅すると、すぐに変化魔法の魔道書を真剣に読み出した。
いつもは、そのへんで寝転がっていたりするのに、そういうこともない。
猫の姿に戻って、リラックスしたりもしない。
「姉御、何かすごくやる気になってますね」
「レナもそう思うか。なんなんだろうな」
「姉御が頑張ってるのはいいことですし、ここは美味いもの用意しておきますぜ!」
レナはそう言って、ミーシャの好物である鶏肉料理をいろいろ作ってくれた。
これでミーシャのテンションが上がるなら大変よいことだ。
しかし、ミーシャは料理を前にしても、微妙に暗かった。
「ミーシャ、今日はお前の好きなものを並べてみたぞ」
「ああ、そうね……」
「お代わりもありますぜ! 魔法の勉強なら体力もつけないとダメですぜ!」
「ねえ、ここで食べた肉って、どこにつくのかしら?」
「どこにって、お前の見た目は変化魔法だし、猫の体?」
なお、変化魔法時はけっこうカロリーを消費するので、元が猫でも人間ぐらいの食事はできる。
「そっか。じゃあ、食べてもあまり意味がないかな……」
よくわからんことを言った挙句、ミーシャはまた部屋に戻っていった。
「あいつ、何で落ち込んでるんだ?」
「魔法が上手くいかないんじゃないですか?」
「俺もそう思うけど、あいつ、ダンジョンに入った時から沈んでるんだよな」
せめて、寝る前にはっきり話し合っておこう。
これは翌日にまで持ち越すともやもやするし。
そして、寝室に獣人姿のミーシャが入ってきた。
肩は下がっていて、どう見ても元気がない。
耳だって、ちょっとぺたんと寝ているみたいになっている。
「ご主人様、お願いがあるの……」
思い詰めた表情でミーシャが言った。
「ああ、なんだ? 何だって言ってくれ!」
「私のおっぱいをもんでっ!」
「????? 悪い、どういう話なのかまったくわからん」
そりゃ、えっちいことをしてる時になら、そういう会話だってありうるだろう。少なくとも意味はわかる。
けど、それ、落ちこんだ顔で言うことでは絶対にない。
「だって、おっぱいってもんだら大きくなるんでしょ! 私、知ってるんだから!」
「どこで覚えてきたのか知らんけど、それって俗説なんじゃないか……?」
あと、そもそも論だが――
「だいたい、なんで胸を大きくしたいと思ったんだよ!?」
すると、ミーシャが恨みがましく俺の顔をにらんだ。
あれ、にらまれるようなこと、俺は言ったっけ……?
「だって、ご主人様、あの女冒険者の大きな胸、ずっと見てたじゃない!」
「ああ、ダンジョンで一緒になったライナのことか。でも、俺、別に胸をそんなに見てた気はないんだけど……」
たしかに巨乳だったとは思うが、そこばかり意識してたなんてことはない。
「いいえ、ご主人様、しっかり見てたわ! それで、不安になったの……。ご主人様は胸の大きい女が好きなんだって……。この獣人の体だと、どっちかというと幼児体型でご主人様に飽きられちゃうんじゃないかって……」
涙目でミーシャが言った。
ミーシャ、そんなことを気にしてたのか。
「だから、巨乳の獣人に変身できないか、変化魔法の魔道書をずっと読んだけど、いい解決策が載ってなくて、がっかりしてたの……」
それで最終手段のおっぱいもむ話になったのか。
俺はミーシャの両肩に手を置いた。
「はっきり言うが、俺はとくに巨乳派じゃない。ミーシャの胸が物足りないなんて思ったことは一度もない」
「ほ、本当?」
こんなところでウソをついてもしょうがない。
「本当だ。だから、しょうもないことで気に病むな」
「よ、よかった……」
ミーシャが安堵のため息を漏らす。
そうか、猫とはいえ、ミーシャも女の子だもんな。スタイルとかこういうことは気になるのか。
「じゃ、じゃあ、眠るか……」
その日はゆっくり眠るつもりだったが――
「ご、ご主人様に私の胸、大きくしてほしい、かな……」
爆弾みたいな一言を囁かれたせいで、また目が冴えてしまった。
その日、俺は自分の潔白を証明するために、ミーシャと抱き合った。




