3話 しゃべる飼い猫
亡くなった冒険者たちは道の端にどけて、つぶれたゴーレムの石を集めて、即席の墓にした。
せめてスコップがあれば地面を掘るぐらいできたんだがな。
彼らが袋などに入れていたアイテム――ダンジョンで見つけたものや敵が落としたもの――は自分が持って帰ることにした。
死者の物を盗んでるようだと咎める奴もいるかもしれないが、安全な世界とは訳が違うのだ。
住む家さえないのだし、少しでも物があったほうがいい。きっと、死んでいった彼らも理解してくれるだろう。
俺はダンジョンの外まで戻った。
途中、モンスターと当然エンカウントしたが、すべてミーシャが破壊した。
ばらばらにされたスケルトンナイトの剣を拾ったりして、俺の装備も少しマシになった。
その他、敵がドロップしたアイテムを拾って帰った。
モンスターは体のどこかに魔法石という宝石を持っていて、これで動いている。
なので、これを集めれば収入になるようだ。
「――というわけで、地下15層まで行きました。その証拠のゴーレムのかけらです」
俺はブロックを一つ馬車に戻って提出する。相手の顔色が変わった。
「あれ…………。君、Lv1だったはずじゃ……。しかし、たしかに地下15層からしかゴーレムは出ないはず……」
ミーシャのことを言うか迷ったが、黙っておくことにした。
もし、ミーシャが兵士として徴集でもされたら、ミーシャと過ごす時間が減ってしまう。
「ほかのパーティーはゴーレムに殺されてしまいました。俺だけ運よく生き延びたんです
」
ウソは一言も言ってないぞ。
「なるほど……。たしかに君が地下15層まで行ったと認めよう……」
俺はちゃんと15000ゲインを手に入れた。
それと拾った魔法石などをまとめて店に売ると、7000ゲインになった。
日本円で22万円か。
このお金で安宿にしばらく滞在しよう。王都だから安い宿だってあるだろう。
ちなみに軍隊に入りませんかというようなお誘いは一切かからなかった。
うん、Lv1だもんね……。
その日は一泊500ゲインの宿を見つけて、そこに泊まることにした。
メシ代も込みというところに惹かれたのだ。
「ははあ、あんた、異世界から来た冒険者さんだね。大変だろうけど、頑張りなよ!」
おかみさんに励まされて、ちょっと元気が出た。
「あの、ペット同伴可ですか?」
ミーシャを見せる。
愛想をとるようにちゃんと「にゃー」と鳴くミーシャ。
「もちろんかまわないさ!」
ああ、日本とかがむしろ衛生面で厳しかっただけなのかな。
部屋は広くはなかったが、手入れは行き届いていて、暮らすのに不都合はなさそうだった。
ひとまず、寝床は手に入ったので、よしとする。
ミーシャも部屋が気に入ったのか、ベッドに飛び乗ったり、ベッドの下を探検したりしている。
そのあと、小さな机とセットになっている椅子に座ってる俺の膝に乗った。
「ミーシャ、これからどうしようかな」
いつもの癖でミーシャにしゃべりかけた。
「お前の食事代ぐらい稼いでやりたいけど、Lv1だしな。気が向いたら、またダンジョンでモンスターを倒してくれないか?」
「もちろんよ。自分の食い扶持ぐらい自分で稼ぐわ」
「そう言ってくれるとうれしい。本当に助かる」
「ご主人様がLv1じゃ、どうしようもないもの。ちゃんと養ってあげるから、心配しないで」
「ああ、俺はいい猫を飼って幸せだ……」
あれ。
なんか、おかしくないか。
俺はいったい誰と会話をしているんだ?
「何? 急に黙りこんで。私に感動でもした?」
「お前、ミーシャか?」
膝の上にいるミーシャの顔をのぞきこんだ。
「ご主人様がミーシャってつけたんでしょ。自分がつけた名前ぐらい責任持ってよ」
「いやいやいや! そういう意味じゃなくて! ミーシャがしゃべってるのか!?」
「うん。人前でしゃべるとややこしいから、ずっと『にゃー』で誤魔化してたけど、宿の部屋なら誰も入ってこないでしょ」
たしかにミーシャは口を動かしていた。
「こんなことってあるんだ……」
「そうね、女神のせいでね」
とくに問題なくコミュニケーションがとれた。
「ねえ、何かメモするアイテムはない? これからのことを話し合うわよ」
けっこう、ミーシャって高飛車だなと思ったが、まあ、猫ってこういうものだよな。自分の部下がほしい人間は犬を飼えばいいのだ。
「ええと……ダンジョンで見つけたアイテムの中に紙があった」
余り上等ではない紙20枚の束とペン、インク壺のセットだ。
羊皮紙ではない。一応、この世界では紙を作る文明はあるらしい。
「それじゃ、話すわよ。そうねえ、まず、言うまでもなく、お金を稼ぐこと」
「まあ、そりゃ、そうだよな」
世の中、金だというのは異世界でも変わらない。
「これがなければ先に進めないからね。ただ、かかる時間はわからないけど、稼ぐこと自体は簡単よ」
「ミーシャがダンジョンに潜るってことか」
モンスターを倒せば魔法石が手に入る。
「そういうこと。それを繰り返せば元手は稼げるわ。ただし、できれば猫がチートだってことは知られたくないから、隠れ蓑がほしいわね」
「というと?」
「魔法石を売った店の張り紙で読んだけど、この世界はギルドがあるわ。ご主人様、あなたは冒険者ギルドに所属しなさい」
ほとんど命令口調でミーシャは言った。
「一般人がダンジョンに猫を連れて毎日のように出入したらおかしいし、ギルドにも軍隊にも属してなければお尋ね者のように思われかねないわ。疑惑の目が向けられればいよいよ私の存在がばれかねない」
「ミーシャ……」
「何? 納得いかない点でもある?」
「なんでそんなことまで知ってるの……?」
いくらなんでも、詳しすぎるだろ!
「ご主人様、よくそういう小説をパソコンで見てたじゃない。私も後ろで見てたりしてたわよ。遊んでくれない時はデスクトップの前に立って邪魔したりしたけど」
「お前、文字、読んでたのか……」
「半分ウソだけどね。女神の力で私の記憶力も想像力もはるかに上昇したの。身体能力だけ上がったわけじゃないわ。だから、日本の地方での生活で見知ったものは、そのまま使えるわけ」
「理由はわかった……」
まあ、神の力だからな。反則みたいなことだってできるだろう。
「話を戻すわよ。ギルドに入りなさい。表面上、冒険者ということにすればダンジョンに潜る生活も自然になるわ。猫を抱えた冒険者として目立つだろうけど、ネズミを獲るために猫を飼う船乗りだっているだろうし、許容範囲でしょ」
俺は紙に、「お金、ギルド」と書く。
日本語で書いたつもりだったのに、この世界の文字になっていた。
そういえばこの世界に来て、文字が読めないということを経験してなかったな。
「住む場所もほしいわね。でも、これはかなり後回しでいいわ。一泊500ゲインでしょ。その程度、いくらでも稼げるもの」
膝の上にいる存在と会話することってあまりないので落ち着かないな。
とにかく、「住む場所もほしい」と書く。
「その次に、魔道書の購入ね。まあ、閲覧だけでもいいんだけど、どっちみちそれなりのお金がかかるわ」
「俺に魔法を教わらせるつもりか?」
なんで、それがその次に来るんだ。
「決まってるでしょ」
当然だというようにミーシャが言った。
「へ、変化の魔法がわかれば……私、人間の姿になれるじゃない……」
照れたように、ミーシャが顔を横に向けた。
「どうせなら、私も人間になってご主人様といちゃいちゃしたいわ……」
次回は夜11時頃の更新予定です!