195話 魔族の世界
「これ、すでに体感的には地下15階層ぐらいまで来てる感じなんだけどな……」
フロアにはたどり着いていない以上、カウントしようがない。あと、こういうの、実際より長く歩いてるように感じると思うし。それにしても長いことは間違いないが。
「これは幽霊の方が引き返したのもわかりますね。あるいは螺旋階段の途中で怖くなって戻ったかもしれません」
「俺もヴェラドンナの言ってるのが正解じゃないかなって思いはじめてきた……」
どれだけステータスが高くなっても、こういうのは心理的な不安を掻き立てずにはおかない。奈落の底に下りていっている気になる。とはいえ、魔王のいるところを目指すなら、それも当然なのか。
ただ、地の底に下りているという気分にしては妙な感覚もあった。
「肌に風が当たってない?」
ミーシャはそういうことには敏感だ。ネコ耳をぴくぴくさせている。
「じゃあ、もうすぐフロアに着くってことかな」
風が吹く場所というとそれぐらいしか考えつかない。
「もう一つあるわよ」
ミーシャは螺旋階段の壁をこつこつと叩いた。
「この階段の外側に空間が広がってるって可能性」
それは常識的に考えればありえないことだけど、今更常識が役に立つかと言えばそんなことはない場所にいるんだよな。
「ここを地の底だとみんな思い込んでるわよね。だから、この外側は土か岩かだと思ってる。でも、地底に巨大な空洞が広がってない根拠なんてどこにもないわ」
「つまり、俺たちはまさしくマンションの内側を旅してただけってことか?」
「まっ、それを確かめる必要も今はないけどね。道が続いてる以上は進むべきよ。迷い道が何本もあるよりはよほどマシだし」
ミーシャは先へ先へ進むので、俺たちもそれに離されないようについていく。早く、この階段の理由をはっきりさせよう。
そして、ついに出口らしき入口が螺旋階段の下に見えた。
地下10階層にまでやってきた!
そのフロアは俺たちの想像をはるかに超えていた。いや、ミーシャの想像通りだったと言うべきだろうか。
広大な地底の空間がそこには広がっていた。どこに果てがあるのかわからないぐらいだ。
そして真後ろを見上げて、わかった。
「これを俺は歩いてきたのか……」
高い円柱状の塔がそのまま天井に当たるところまでぶつかって伸びているのだ。
「私たちはこの塔の螺旋階段を降りて地底に来たわけね。そりゃ、隙間風ぐらい吹くはずだわ」
ミーシャは落ち着き払っているが、レナは呆然としている。ヴェラドンナもその光景を見て、心穏やかではいられないようだ。
「ちょっと、これは……無茶苦茶だぜ……。無茶苦茶にもほどがある……」
「魔族がどこから出てくるのかと思いましたが……こういう世界があったわけですね……」
もはや、フロアという概念も使えないな。地底世界の中の丘に当たるところに俺たちは立っている。丘の下には魔族が住んでいると思われる建物が点在していて、そこから少し離れたところの、こことは違う丘に堅固な城が建っている。
「あれが魔王の城ってことで間違いないだろうな」
そして、ここからでも城の前に数百だか数千だかわからないが、魔族の軍隊が集まっているのがわかる。ここで絶対に防衛してやるってことだろう。
「魔王が復活してない時代なら、ここまで来たら引き返すしかないな。あの幽霊は実質、行けるところまで行ったんだ」
そして、この景色を戻ってから話したりしたんだろう。そりゃ、信じてもらえないと思う。壮大すぎて、いかにも作った話に聞こえるはずだ。
「呆然としちゃうけど、行きましょうか。けど、敵の数が多すぎるから、慎重になるべきかもしれないわね。私もできるだけこまめに回復魔法をみんなにかけるわ」
「そうだな。この景色を見るのが目的じゃないからな」
止まってしまっていた足をまた動かさないといけない。
「いよいよ最後の戦いに出ていくんだな」
「あっ、でもピンチだと思ったら迷わず引き返すからそのつもりで」
「さすがに敵の数が多すぎるから引き返させてもらえないんじゃ……」
ミーシャは自信たっぷりに言った。
「追う気が起きないぐらい、私が叩きつぶしてあげるわ」
この調子だと、ミーシャより強い存在はこの世界におそらくいないだろうな。張り合えるかもしれないのは、せいぜい魔王だけか。
九割方、それでも無理だと思ってるけど。
地底世界では、時折ひゅうひゅうと風が吹いていた。夕暮れのように光が少ない印象を与えるのは地底だからだろう。むしろ、光は魔法か何かで作ってるんだろうか。
魔族の町を経由して変に刺激するのもよくないので、俺たちは町を通らずに城を目指すことにした。
魔王の攻撃って、地底から地上への攻撃だったんだな。だとすると、魔王も光があふれる地上の世界のほうが望ましいと思ってるんだろうか。
でも、とにかく、俺たちが討伐するしかない。こんなところ、普通の冒険者は絶対に来れないだろうし。




