179話 ドラゴンゾンビ専用フロア
二階は一階と比べるとあまりモンスターの密度が濃くない。一階で止めるのが前提だったんだろうか。
とはいえ、その分、敵が明らかに強い。
巨大なドラゴンゾンビが俺たちの行く手をふさいでいた。
体は明らかにボロボロで苔のようなものまで生えているし、目玉も抜け落ちている。しかし、生気の代わりにまがまがしいほどの妖気みたいなのを発していた。
ダンジョンの中にいるのが不釣り合いなほどのサイズもさることながら、その空気が大物であることを示している。
これ、グレードがこれまでの敵より上がってるな。
ドラゴンゾンビが冷気を吐く。すぐにミーシャがその前にやってきて、火炎を放って、それを相殺した。
「みんな、近づいたらダメよ! かなり危なっかしい奴だわ!」
「それは見たらわかるよ!」
これは王国付近の地下ダンジョンでは見たことがない次元かもしれない。もし地下40階層とかに行ったら、こういうのが出てくるんだろうか。もっとも、35階層にあるワープ用の魔法陣をくぐった先がどこかいまだにわかってないけど。
「周囲にはほかのモンスターの気配がありませんね。おそらくこのフロアの中ボス的な存在かと思います」
ヴェラドンナが落ち着いた顔で付近に目をやっていた。
「それだと助かる。こんなの囲まれたら、いくらなんでもヤバい。撤退を本気で考えたくなる」
今度はドラゴンゾンビは翼を動かして、突風をぶつけてきた。
これはミーシャだけじゃ防ぎきれないから、後ろの俺たちは壁に打ち付けられた。横でレナの「いてえっ!」という声がする。
「みんな、大丈夫!?」
「これはたいした威力じゃない! ミーシャ、多分、お前を至近距離から離すための策だ!」
その肝心のミーシャはほとんど動いていない。これぞ超高レベルの冒険者の証だ。
「ミーシャ、ここはお前ひとりでとりあえず仕留めてくれ!」
「ご主人様の頼みなら聞かないわけにはいかないわね」
ミーシャ俺たちのほうに顔を向けると、にやっと笑った。まだ笑うぐらいの余裕があるところがミーシャらしい。
まず、ミーシャは火炎をドラゴンゾンビにぶつける。
ただ、これは威力を落としているので致命傷にはならない。
おそらく、これでひるませて接近を試みるんだろう。ミーシャの攻撃は基本的に打撃のほうが強いからな。世界最強の猫パンチを連打するのが一番効く。
しかし、ドラゴンゾンビは苦痛のような声は出さずに、目玉の抜け落ちた空洞の目で、ミーシャのほうを見据えている。
「なるほどね……。ゾンビだから苦痛って概念がないわけね。これはそれなりに厄介かもしれないわね」
ミーシャが感心したように言った。たしかにゾンビなんだから、心臓を吹き飛ばそうと、頭を吹き飛ばそうと、まだ活動を続ける可能性はある。ダンジョンの護衛をやらせるにはちょうどいいかもしれない。
また、ドラゴンゾンビが突風をぶつけてくる。今度は少し、ミーシャの体も浮いて後ろに下がった。
俺たち三人は最初から壁に張り付いているので無事ではあった。
「ここは我々三人は身の安全が確保できるところまで戻っているほうがいいかもしれませんね」
ヴェラドンナも奥の化け物と戦う気はないらしい。あいつを二体倒したら、それだけでレベルが一つぐらい上がりそうだもんな。
「いくらなんでもミーシャだけ一人にさせるのは、ちょっと気が引けるんだけど……。なんか、このあたりで物陰になりそうなものは……」
そういうものは全然見つからない。びっくりするぐらい、がらんどうで遮蔽物がない。
「どうやら、ドラゴンゾンビ専用フロアらしいな」
悪い選択じゃない。ザコキャラを何体も配置するぐらいなら、とてつもなく強い奴を一体置いておいたほうが突破は結局難しくなる。
「私、幻惑の魔法も使えるんだけど、こいつ、ゾンビだからどうせ効かないわよね……。やるだけやってみるか……」
ミーシャが魔法を唱える。
俺たちのいるあたりまで床がうねうねと横に流れるようになっていく。
三半規管が変になった感じだ。レナもヴェラドンナも立っていられなくて、その場にうずくまる。
今度は体がひっくり返るというか、自分が天井に張り付いているように見えた。頭の下に床がある。
「これって、フロア全体に効いてるのか……。できれば敵だけにやってほしいんだけど……」
「うえっ……気持ち悪いし、落下していきそうですぜ……」
「この状態だと、どこに打てば当たるのかわかりませんね……」
たしかにミーシャのいるところは渦の中みたいに見えて、さっぱり距離感がわからない。
「ごめんなさい! この幻惑の威力は6相当だから、おそらくこの世界最強の威力なのよ」
ミーシャの声も聞こえはするが、遠くから聞こえたり、変に近くから聞こえたようになったりして、混乱する。
これはやっぱりミーシャに頼むしかないな……。
「ミーシャ、俺たちはここで様子を見てるから、よろしくやってくれ……。お前の魔法を受けて、撤退すら無理っぽい」
なにせ、どっちに動いたら脱出できるかすらわからなくなっているからな……。
「はーい。きっちり倒すわ」




