175話 崖から脱出
これはなかなか難しいところだな……。
なにせ、そこに入らないことには先に進めないかもしれないのだ。それに、まだまだ崖を降りていくというのは現実的とは言えない。魔法陣があるということは、モンスターもこんなの地道に歩いてすべて移動していられないということだろう。
ほかの場所からやってきて、ここの警備をやっている可能性が高い。
でも、行った先がどんなところかまったくわからない。有毒ガスのど真ん中に出てきて、いきなりばたりと倒れるなんてこともなくはない。
魔王の城にかなり近いところまで来ているわけだし、どういった警備が行われているか究極的にはわからないのだ。
「もう少しだけ様子を見よう。せめてあの魔法陣が空間移動用と確認するぐらいはしたい」
俺の意見が通った。情報をもう少し手に入れてから、やるにしても動きたい。
そしてレナとミーシャがもう少し観察を続けて三十分ほど経った頃。
また、ミーシャがこちらに報告にやってきた。あまり声をたてないよう一応耳打ちしてくる。
「あの魔法陣にいきなり魔族が出現したの。それで、今度はほかのリザードマンが魔法陣に入って、消えていったわ」
じゃあ、魔法陣で移動ができるのは間違いないな。
実は切符に当たるようなアイテムがいるとか、そんな可能性もなくはないが、おそらく、なんのリスクもなしに二点間を移動できていると思われる。
引き返すわけにもいかないし、一気に行くか。
警備兵を全滅させてから、魔法陣に入るということで結論が出た。
そうと決まれば早かった。
なにせ、ゆっくり休めるほどの場所がないからな。見つからないようにと意識してたら、気疲れもするし。
俺たちは勢いよく崖の下に降り立った。
すぐにミーシャが火の玉を撃って、兵士を片付ける。
その間に俺とレナは逆側の警備兵に近づいて、刃物を突き立てる。
「なっ! 敵だ! 敵だ!」
そう一つ目の巨人が叫んだ次の瞬間には、俺はそいつを斬り捨てていた。
ヴェラドンナはもう魔法陣のほうに接近して、魔族側の連絡を遮断する。注進に行かれると厄介だからな。
敵の数はそう多くなく、すぐに全滅させることができた。
「みんな、ケガはないな? このまま魔法陣に入るぞ」
みんな、うなずいた。この程度で弱音を上げる奴がパーティーにいないことは俺も知っている。
「移動先で敵に囲まれてる可能性もある。ミーシャは火の玉の用意。レナとヴェラドンナはその逆側に敵がいたら、すぐに攻撃にかかってくれ」
動きを確認したら、俺たちはほぼ同時に魔法陣に入る。
これで魔王の城に入れたら最高なんだけどな。
いや、最高でもないか。それはそれでハードな戦いの連続だもんな。
さて、どこに通じるか。
魔法陣は、海に飛び込んだような変な感覚がした。そして、視界が一瞬だけ暗転して、また元に戻る。
景色がさっきまでと変わっていた。
といっても、建物の中ということはなく、荒涼とした景色がずっと先まで続いている。逆に言うと、崖からは脱出したということだ。
出口の魔法陣の上には小さな屋根みたいなものがついていて、東屋みたいになっている。雨除けということだろうか。
そして、周囲には魔族が数人いたが――もちろんすぐに攻撃した。
「死になさい!」
ミーシャの火の玉でまず一体が燃え尽きる。
その間に俺とレナ、ヴェラドンナが一体ずつを片付けている。
残り一体もミーシャが焼き払っている。これで五体すべて片付けた。
もっとも、本当の意味で全滅させたかはわからない。休憩所らしき小屋がそばに建っているからだ。
もう、ミーシャがそちらに突っ込んでいった。
すぐに中から悲鳴みたいなものが聞こえてくるが、そんな音もあっさりやんだ。
ミーシャが出てきて「三人やっつけたわ」と言った。
「もう、ヴェラドンナ並みの暗殺者だな……」
「こういう団体行動で戦うのはまた違うタイプの方々ですがね。私はとにかく一人で証拠を残さずに敵を葬るタイプですので」
ヴェラドンナが訂正を加えた。
まあ、今回は実力行使で片付けていったもんな。
「旦那、あっちに崖がありますね」
レナが遠くを指差していた。
「ということは、崖を渡った――と考えていいんだよな? 目印になるものが少なすぎるのが難点だけど」
対岸じゃなくて、沼があった側に戻ってきている可能性もないとは言えない。方向感覚はつきづらい。
「ほぼ間違いないと思います。城のようなものが見えた気がいたしました」
ヴェラドンナが崖の逆側を向いて、そう言った。
「わかった、それを信じて進んでみよう」
何もなかったら、その時はその時だ。また引き返せばいいだけのことだ。
けど――休憩用の建物に後ろ髪をひかれた。
「なあ、ミーシャ、モンスターの死体を片付けたら休めるか?」
その日、俺たちはそこで一泊した。
中は久しぶりにまともなベッドがあって助かった。




