174話 崖を降りていく
翌日、俺たちは早朝から、その「道」を降りる作業に取り掛かった。
俺から見ると、ただの崖だが、レナが言うには魔王の城へと続く通路だと言うらしい。
「まあ、日本でも江戸時代は使われてたのに、いつのまにか廃道になって草木に覆われちゃってるなんてざらにあるものね。それみたいなものね」
「ミーシャ、変に詳しいな……。なんで、日本のことまで知ってるんだよ……」
「ご主人様がテレビつけてた時に、廃道の番組やってたわよ」
ああ、土曜にそういう特番やってる時あったな……。
俺たちの体にはロープがくくりつけられている。まさに命綱だ。
先頭はレナ。続いて俺、ミーシャ、一番後ろはヴェラドンナだ。
レナが足跡をチェックして、ゆっくりと下っていく。たしかに真っ逆さまに落ちていく垂直の崖ということはなくて、かろうじて歩くことができるのがわかる。
「旦那たち、大丈夫ですかい? まだまだ下っていきますからね!」
「やっぱり底まで降りるんだよな……? 気が遠くなりそうだ……」
地上からはまったく底が見えなかった。いったい深さ何キロなんだろう……。
「不幸中の幸いなのは、敵が出てこないことですね。気配をまったく感じません」
ヴェラドンナは慎重に様子をうかがってくれている。いきなりモンスターに巨石でも落とされたらシャレにならないからな。
「早く休憩したいし、どんどん降りてくれ!」
「わかりやした! じゃあペース上げますからついてきてくださいね!」
あっ、余計なこと言っちゃったかな……。
俺は必死で足を出して、レナンについていった。
なにせレナだけが急いでも、俺がゆっくりしていたら、結局ボトルネックになってしまう。それでは何も意味がない。
「これ、底に行くってことはまた上を目指すってことよね?」
「地獄みたいな話だな……」
そして、正午頃までひたすら下り続けていた時――
「声を立てないでいただけますか」
レナの声に急に緊迫感が含まれる。
数人が立てるほどの安全地帯めいた平らな岩肌のスポットにレナは足を下ろす。
ここで休憩ということか? でも、それじゃ声を出すなという意味がわからない。
レナがそのさらに下を指差す。何かあるぞということだろう。
俺もその安全地帯めいたところに足をつけて、内容を確認することにした。
そこはもっと平坦な場所になっている。帯のように歩いて移動できる部分が左右にずっと続いていて――途中にリザードマンが数人立っている。
けど、なんでこんなところにいるんだ?
レナが小声で「すぐやっつけられるけど」と言った。けど、レナが首を横に振った。
「わざわざこんな来づらいところまでやってきて警備をしているとは思えません。抜け道があるかもしれないです」
それもそうだ。もしかすると、トンネルでもあるのかもしれない。
俺たちはそのリザードマンたちをそうっと観察することにした。そこに一つ目の三メートルほどはある巨人が現れた。同じく警備兵だろう。
「こちら、とくに問題なし。そっちはどうだ?」
巨人が尋ねる。
「ない。まあ、楽な仕事だよな。暇なのが玉に瑕だけど」
やっぱりこんなところに敵が来るとは考えてないな。リザードマンはあくびしている始末だ。
「けど、人間の土地に攻め込んでた幹部クラスがどんどん倒されていったんだろ。あれはどうなってるんだろうな」
巨人の視線が一瞬、上に向いたのですぐ隠れた。
「そりゃ、人間の世界にまで踏み込めば反撃も受けるさ。かといって人間はここまで攻めてはこれんだろ。まず、沼を越えれんさ」
どうやら、俺たちが沼を渡ったって情報はこいつらにまでは届いてないようだ。
レナはそうっと、ほかの岩に移った。もっと敵の様子を確認するためだろう。俺だったら落ちそうだけど、レナは身軽に移動する。
すぐにレナが振り返った。
口をぱくぱくさせて何かを伝えようとしている。
「どうした?」
レナはやたらと下を見てくれというポーズをとる。そう言われても俺たちのいるところからは見えないんだろう。
――と、ミーシャが猫に姿を変えて、レナのほうに飛んだ。猫ならば、なんら問題ない。
そこでミーシャも何かを確認したらしい。すぐにこちらのほうに戻ってきた。
「とんでもないものがあったわ……」
レナが俺に猫の姿のまま耳打ちする。
「いったい、何だ?」
「魔法陣があったの。私たちが地下35階層で見たやつと同じようなの。それが地面に描かれてるの」
俺も思わず、息を呑んだ。
だとすると、今回の場所からしても、魔法陣はおそらく空間移動系のもので間違いないだろう。
レナも俺たちのところに戻ってきた。
小声で会議がはじまる。
議題はシンプルだ。あの魔法陣に入るかどうか。
入れば一気に時間を短縮して敵の城に入れる可能性すらある。でも、どこに飛ぶのか本当のところはわからないから危険もある。
これはなかなか難しいところだな……。




