170話 魔王の城へ進軍開始
俺たちはよく晴れている日を選んで、王都を出発した。
最初のうちは王国の土地を歩くだけだから、ものすごく気楽だ。しかも王国の魔族の拠点はすべて破壊した。強いモンスターが襲ってくる可能性すらもうなくなっている。
あまり目立って、トラブルに巻き込まれても困るので、酒場などにはできるだけ立ち寄らないことにした。ひたすら北へと進む。
そして、再び王国の土地を過ぎた、冷たい土地に入る。
ミーシャは完全防備でもこもこの服を着ている。さらに毛で編んだ帽子までかぶっている。事前に王都で準備していたらしい。
「目指すはドライアドの住むケルティンの森だ。そこをベースキャンプにしたいと思ってる」
「そうね。もう、あったかいベッドで眠れる場所と言えば、そこぐらいしかないものね」
「姉御、その格好で移動するとかえって熱くないですかい?」
レナはミーシャの格好にちょっとあきれていた。
「冷たいのよりはマシよ。犬と猫とじゃ、価値観が違うの。本音を言えば、こたつに入りながら移動したいぐらいだわ」
「こたつって何ですか?」
この国にはこたつにあたる暖房器具がないので、俺が簡単に説明した。
「あたたまりながら机としても使えて、作業ができるわけですね。それは効率がよさそうですね」
「実際はあったかくて寝落ちしたりするから、能率は上がらないことが多いんだけどな……」
このあたりはこたつあるあるだ。日本人でこたつで寝たことのない奴はいないかもしれない。あれ、水分を割と消耗したり、低温火傷の危険があったりしてあまりよくないらしいけど。
「ていうか、こたつの原理自体は単純なものだし、作れなくはないわね。元の世界だと、日本以外の地域でも似たものってあったはずだし。作ったらかなり売れそう」
ミーシャは商売のことを考えているらしい。
どう考えても魔王を倒しにいく空気じゃないけど、俺たちらしいと言えば俺たちらしいかもしれない。
「方角としては正しいですね。このまま行きましょう」
ヴェラドンナは必要最低限しかしゃべらない。こういう黙々と進む行軍みたいなのは、割と性に合っているらしく、機嫌はよさそうだ。
そして慣れもあったのか、前回よりは短い行程でケルティンの森に到着した。
俺たちがやってくると、それを見つけたドライアドたちが集まってきて歓迎してくれた。俺たちはドライアドにとっても英雄みたいなものだからな。
とくにドライアドのアーと再会した時はうれしかった。俺たちが最初に会ったドライアドがアーだ。
しばらくアーの家でよもやま話をしていると、長老がわざわざやってきた。そこで、俺たちは用件を話す。
「今回は作ってもらいたいものがあってここに立ち寄りました」
「はて、いったい何を作ればよいのですかな?」
「小型の舟をお願いしたいんです。それでこの先にあるという沼地を渡りたいなと」
そう、第一の難関である沼は舟で乗り切る。どうも足ぐらいはつくらしいけど、そこを空からモンスターに攻撃されるのは楽しいことじゃない。ここからなら、舟を引っ張っていくことだって可能だし。何か取り付ければ、そりのように引いていくこともできるだろう。
そこまで突拍子もない話でもなかったからか、向こうも驚きはしなかった。
「わかりました。では、早速とりかかりますが、一日や二日では終わらないかもしれませんぞ」
「それまではここに滞在するわ。力仕事ぐらいなら手伝ってあげるわよそれがない場合はベッドでぬくぬくしているわ」
俺たちは五日ほどケルティンの森にいた。ここで一区切りつけて、さらに進むという意味ではちょうどよかった。
俺たち四人が乗る舟は思った以上に頑丈な感じだった。オールもしっかり準備されている。
「ありがとうございます。これなら絶対に沼を渡れますよ」
「このあたりに大きな池や沼がないので、性能試験ができておりませんが、水漏れがないようには注意して、土地の大工が作りました。どうぞ、お納めくだされ」
俺たちはドライアドに礼をして、進路を北にとった。
これまで自分たちは歩いたことのない未開拓の土地だ。
寒さが一段と際立ってくる。
「この寒さは本当に犯罪だわ……」
ミーシャの機嫌が悪くなってくるのがわかったけど、どうしようもないので、そのまま突き進む。
モンスターはたまに空からワイヴァーンみたいなのが襲ってくるほかはほとんど何も出てこない。こんなところに生息する意味はないということだろう。人間が攻めてくる可能性も皆無に近いし。
そして、本当に何の代わり映えもないような土地を数日歩いたすえに――
目の前に不思議な光景が広がっていた。
黒緑の不気味な色合いの沼がずっと奥まで広がっているのだ。
そこにたどりつくまで川すらほぼなかったのに。
「いかにも魔族の土地に向かって進んでますって風景だな」
「この水って飲んだらおなかこわしそうね」
頼まれても飲みたくないな、これは。