161話 ボスの逃亡
そういえば、山の中をハイキングしていても道標が立っているのを発見すると、すごくほっとして気分も盛り上がるのを思い出した。
もしかして、道を間違えたかなと不安になることもハイキングだと珍しくないからな。で、不安なまま歩いているところに道標があると、本当に救われた気分になる。
「旦那、足が速くなってませんか?」
「そういうものなんだよ」
看板をたよりにさらに三フロアほど下に行くと、言葉をしゃべる二足歩行の獣系統の魔族が現れはじめた。
「どうして、人間がこんなところに!」「もしや、看板を作ったことが裏目に出たか?」「いや、あんなところまで降りて来られる人間はいないはず!」
はい、裏目に出ました。もっとも、それがなくてもここまでやってくるつもりだったけど。
「旦那、どうやら、モンスターでも迷うぐらいわかりづらいところらしいですね」
「そりゃ、アジトにはちょうどいいだろうな」
場所がわかれば、あとはとっとと攻略するだけだ。
すでにヴェラドンナは『暗殺者の針』をナイフから持ち替えている。
これは一気に仕留める気だな。
「下ってきていて感じましたが、深いところでは崩落が起こる恐れもないとは言えません。終わらせたら、すぐに戻りましょう」
「わかった。それはぞっとしないもんな」
「そうなのかしら」
こんこんとミーシャは土壁を叩いている。
「やめてくれ! お前の攻撃力だと崩れないものまで崩れかねない!」
「あっ、でも、たしかに土がやわいかも。あまり引き締まってる感じはしないの」
「わかった。急ごう!」
モンスターのほうは、そこまで強さに変化はないのが助かった。むしろ、数が減っているような印象も受ける。こんなところにまで冒険者が来なかったから、強いのは配置しなかったのかもしれない。
そして、地下にしては長い廊下を走っていた時――
遠くからあわてて走ってくる、巨大なトカゲがいた。
トカゲとはいっても、服を着ている。二足歩行だし、分類的にはリザードマンになるんだと思う。
「おい、どけ、どけ!」
リザードマンが言ってきたが、そんなに廊下の幅があるわけがないので、かわしようがない。
「止まってくれ! 道なんてない!」」
「止まってなどおれん! 緊急の警報が入ったのだ! ワシは地上まで出るからな!」
まさか、崩落の警報か?
パーティーの目の前にいるのはミーシャだ。このままだとリザードマンがミーシャにぶつかってしまう。
その程度でミーシャがやられるわけはないが、ここで平気にぶつかるに任すのは男じゃないよな。
「ミーシャ、ここは俺が代わる」
前に出ると、ぐっと、足に力をこめる。
「うわっ! もっと壁際につめろ!」
「そんな隙間はない!」
リザードマンも多少は速度をゆるめるしかなかったらしく、数歩後ろに下がる程度の衝撃だったし、すぐにミーシャが支えてくれた。
「ご主人様、ありがとう。うれしかったわ」
「これは主人の役目だと思うしな」
一方、リザードマンは途中で足を止めたためか、ぜえぜえ肩で息を吐いていた。
「貴様ら、上官に対して失礼であるぞ……、まあ、いい。処罰などする暇もないしな……」
「まさか、鉱山が崩落でもはじめましたか?」
ヴェラドンナがリザードマンに近づいて尋ねる。不用意に近づくと、危ないぞ。
「違う。いくつものこちらの拠点をつぶした一団がやってくるので、一時的に避難し――」
相手は何かに気づいたらしい。
「あれ? ライカンスロープと獣人たちがいるのは我々の仲間と言えなくもないが、ごく普通の人間もいるし……」
「そうですね。我々がその一団です。一本道では逃げようとしても必ずどこかで遭遇しますね」
リザードマンはその場に崩れ落ちた。
「た、助けてくれ! わしは各地の管理者の中でも最弱なのだ! 勝てるわけがない!」
なんか、すごく情けないぞ、こいつ!
「そのせいで、暗くてじめじめした嫌な拠点を与えられているのだ……。しかし、ここなら冒険者もまず来ないし、安全面では問題なかった。ここでじっと暮らしておったのだ……」
「こういう立場弱い中間管理職は大変ね」
ミーシャが他人事みたいに言った。実際に他人事だけど。
「もう、ここは手放す! 全員避難したあとに、崩落の危険を察知したことにでもする。だから、ここは見逃せ! 避難完了後、本当に崩落させれば誰も文句は言わんだろう」
誤魔化しみたいなことやろうとしてるな……。見事なまでに人選ミスだ。
「なあ、宝箱は残ってねえのか?」
レナとしては、それが一番気がかりらしい。
「そんなものはないぞ。あくまでも鉱山だった場所だからな」
その言葉を聞いたレナからがくっと力が抜けた。
「というわけで、ここは見逃してくれ! ドライアドの土地を解放した奴らに勝つことなどできん!」
ぽんぽんとヴェラドンナがリザードマンの肩を叩いた。
「では、取引と参りましょう。残りのボスについて、それと沼や谷のいい渡り方、全部教えてもらえませんかね?」
迷っているようだったけれど、相手は結局うなずいた。




