154話 ミーシャからのご褒美
ヴェラドンナは言葉どおり、かなり大量に料理を作った。
一人に任せるのも悪いので、俺たちも皮むきとか手伝えることは手伝った。味付けに変わらないところだから、不味くなったりはしないだろ。
自分の家で食べる料理は、信じられないほどおいしかった。
もちろん、ヴェラドンナの腕がいいのもあるけど、きっとそれだけじゃない。
俺たちの気持ちをほっこり落ち着ける、そんな料理だ。
「今回はわざと家庭料理を意識して作りました。どうやらご期待には沿えたらしいですね」
「うん、このスープも素朴だけど、鶏肉の味も野菜の味もよく出てる」
「この羊の肉の味付けもいいわね。飽きがこなくていくつでも食べられるわ」
ミーシャはもともと大食いなんだけど、今日はとくにそれが顕著に感じる。
「旅先のお店で食べると、味が濃すぎるのよ。とくに北に行けば行くほど味が濃くなって、王国の最北端とかだと辛いぐらいだったわ」
そういや、日本でも北国の料理は塩辛いのが多いと聞いたことがある。自分が住んでた雪国の地方都市でもけっこう辛かった気がする。
レナはなぜか涙ぐんでいた。そこまでなのか……?
「私は、幼い頃、宮廷料理みたいなのばかり食べさせられて、正直嫌気が差してたんです……。もっと普通の家庭料理みたいなのがよかったんです……。たとえば、こんなふうに……」
「あぁ……レナの生まれた環境だとそうなるよな……」
たしかに毎日、フランス料理のコースみたいなのだったらきついかも。たまには卵かけごはんとほうれんそうのおひたしとか、あるいはカップラーメンとかジャンクに寄ったものも食べたくなると思う。
自分の家での食事はみんながみんな生き生きとしていた。
魔王を倒したら、しばらくここでスローライフをやってもいいかもしれないな。
食事が終わると、ヴェラドンナはおもむろに腕まくりをした。
「けっこう、ほこりがたまっていますし、今日は寝るまでにできるだけ掃除をしておきたいと思います」
「でも、そんなに日をおかずにまた出発する可能性が高いぞ……」
徒労に終わる部分が多い気がする。
「それでも、私の立場上、汚い屋敷を放置するというのは耐えられません。これは私のポリシーにによるものです」
真面目な顔でヴェラドンナが言う。言ってみれば職人のプライドみたいなものか。
「わかった。じゃあ、せめて各自の部屋は各自できれいにすることにする。それなら、たいして時間かからないだろうし」
「わかりました。お任せいたします」
「レナ、ちょっと話があるんだけど、来てくれる?」
ミーシャがレナを呼んで、違う部屋のほうに連れていった。屋敷に戻ってきて、それぞれやることがあるんだろう。
俺はというと――正直今日はゆっくりしたいな……。自分の家は落ち着くというか、緊張感を持たなくてもいいのが助かる。
Sランク冒険者になったとはいえ、それでも戦闘は命懸けのものであることに違いはない。それなりに気が張り詰める。
旅自体がいきなり山賊に襲われるようなこともあるし、そもそも旅先では見慣れた家とは違って緊張がある。
なので、俺はまあまあ疲労していた。
定住する場所も持たずに各地を放浪するタイプの冒険者を、ほんと尊敬する。俺だったら、一年ぐらいで音を上げてしまう。
そんなわけで、俺はさっとお風呂に入ると、とっとと自分の部屋に引きこもった。ミーシャはレナを連れていったきりで戻ってきてない。
ミーシャの部屋もあるにはあるのだけど、この部屋に入ってくることが多いので、なかばミーシャの物置きと化している。
まだそんなに夜は遅くないけど、ベッドで眠ろうかな。どうせミーシャが来て、起こすような気もするし。
うたたねしていると、案の定、ドアが開いた。
ああ、ミーシャが入ってきたなと思ったけれど、少し俺の予想と違っていた。
ミーシャの後ろにレナの姿があったのだ。
しかも、やけに気恥ずかしそうというか、恐縮しているように見える。
なんだ? レナが謝らないといけないようなことでもしたのか?
この屋敷は元は貴族が建てたものとはいえ、とくに高い壺とかもないので、割って壊すようなものもないんだけど。
「ご主人様、せっかく久しぶりに自分の家に戻ってきたわけだし、ご褒美をあげてもいいと思ったの」
ミーシャがどこか挑発的に笑う。まあ、ミーシャがこういう顔をすること自体は割とあると言えばあるが。
「ご褒美?」
「そうよ、今日は私と――」
ミーシャはレナのほうを一瞥だけして、また俺の顔を見た。
「――一レナと三人で楽しみましょう、ご主人様」
かなりの爆弾発言で、軽く頭が真っ白になった。
「おい、それって……」
「きっと想像どおりの意味よ。ほら、宿で羽目をはずしすぎると変な噂が立っちゃうかもしれないし、Sランク冒険者の沽券にもかかわるわ。でも自分の家でなら別にいいわよね? 誰かが意見をするようなことではないし」
「ミーシャの言葉もわからなくもないけど、まだ心の準備が……」




