114話 余興の終わり
再三の仕切りなおしで、俺は木剣を構えている。
向こうも今更、後に引けなくなってしまっているわけだ。まだ、見てる人間が少ないなら負けを認めることもできるだろうが、これだけ貴顕が見物している状況ではそれも無理だ。無様な姿が一気に拡散されて、こいつの経歴に多大なダメージになる。
でも、ここで失敗しても死ぬことは絶対にないわけだから、そういう意味では安い授業料だ。まだ若いんだから、挽回もできるだろう。
なので、中途半端な意地じゃ何もできないってことを見せてやる。
ミーシャのほうを見ると、右手を握り締めてぶんぶん振っていた。
とことんやっちゃいなさいという合図らしい。
じゃあ、とことんやってやるか。
騎士もやっと戦う人間の顔になっている。退路が断たれれば誰だって気合が入る。
「どうか、大ケガをさせないであげてください……。まだ前途のある人間ですので……」
マーセルさんが懇願するように言った。
いつ取り返しのつかないことになるかとひやひやしているんだろう。ここで騎士が死んだら、因果応報といっても騎士の身内や友達は会を主催したセルウッド家を憎みかねないからな。
「俺も身分上は貴族のはしくれなんです。それにふさわしい振る舞いをしますよ」
こんなことで人殺しなんてしたくない。
騎士は今度は慎重に歩を進めてくる。せめて一撃でも浴びせて、名誉を守りたいのだ。
隙を作るまい、作るまいとしていることだけはその動きと態度からわかる。当然、隙だらけではあるが、彼なりに考えているのは事実だ。
それに敬意を表して、俺も隙のないように構える。
その時点で相手は手の打ちどころがないはずなのだけど、そんなことはわからないだろうな。あと、こっちも次に試すことが難易度の高いことなので、もうちょっと時間がほしい。
敵の剣の繊維の方向をよく見る。いける。やれる。
わざと露骨な隙を作る。腕を弛緩させて、踏み込めなくもないような雰囲気を出す。
ほかにチャンスはないと思った騎士が突っ込んでくる。
「うおおおおっ!」
それなりの気迫も伴っている。それぐらい、いつもやる気出して稽古をすれば、もっと強くなっていただろう。
俺はその剣に――自分の剣を思いきりぶつける。
その瞬間、相手の木剣が粉砕されて、根元まで大きく裂けた。
「なっ! これは……。剣がこんなことに……」
「君を傷つけるのは無粋だから、剣のほうを破壊した。Sランク冒険者の攻撃力に耐えられなかったんだ」
剣の意味をなさない剣を持っている騎士に剣を向ける。
「もう、勝負を挑まないことと、自分の負けってことを認めろ。そうでないなら、この木剣で君の頭も粉砕するぞ」
騎士はがくりとその場に膝をついた。
「負けました……。侮辱した罪、お許しください……」
そうそう、それでいいんだ。絶対に勝てない相手には頭を下げるという選択肢しかないんだから。
少しの間をおいて、賞讃の声が上がった。
「さすがSランクだ!」「ここまで圧倒的な力を見せつけるとは!」「剣を破壊するなんて、見事な趣向ですわ」「結局、騎士にケガをさせずに終わらせた!」
まさか剣を壊して場を収めるとは思っていなかったんだろう。騎士の行く末を多少なりとも心配していた貴族の層からの賛辞はこれまで以上に大きかった。
俺は観客に一礼する。
一仕事終えたら、空腹感を覚えた……。全然まともに食べられてないままだ。腹一杯食べたい。
ミーシャとレナは向こうからやってきた。
「お疲れ様。といっても、あの程度で疲れてるなんてことはないはずだけど」
「やっぱ、旦那はものすごいです! これでもう勘違いした奴は出てきませんよ!」
そうだといいんだけど、まあ、どうしようもない火の粉はその都度払うしかないだろう。ほかに方法もないわけだし。
そこにマーセルとカタリナの夫妻もやってきて、ぺこぺこ頭を下げてきた。この二人にとったら冷や汗物の展開だったんだろう。
「まったくもって、ご迷惑をおかけいたしました……。あの者には強く言い含めておきますので……」
「これで蛮勇だけではダメだと彼も気づいたことでしょう。実戦より先に思い知れてよかったんじゃないですかね」
よーし。食べて食べて食べまくるぞ。とくに見たこともない料理も多いので、そういうのはここぞとばかりに食べておきたい。
ダンジョンに潜ることが多い仕事をしていると、必然的に食事のかなりの部分が味気ない携帯食になってしまうので、こういう豪華な食事は素直にうれしい。それにここぐらいでしか食べられないような料理の可能性も高いし。
しかし、そんなにこちらの思い通りにはならなかった。
門前市を成すように、貴族がわらわらと集まってきたのだ。さっきは順番に来たのに、もう群集みたいにどんどん集まってくる。
「本当に素晴らしかったです!」「あの、どうかうちの娘と縁談を……」「我が屋敷にもお招きいたしたいのですが!」
「ええと……順番に話していただけませんかね……?」
これは食べる時間なんてとれそうにないぞ……。
そこにヴェラドンナがやってきて、耳打ちした。
「料理、こちらで取り分けて、部屋にお運びするようにいたしましょうか?」
「それでよろしく頼む……」
ひとまず料理を確保できただけでもよしとしようか……。
「そうだ、ミーシャの分も含めて二人分頼む」




