111話 パーティーは疲れる
ミーシャに言われた影響で、ここに来る奴はモンスターだという謎の意識が働いていた。
弱いモンスターだと思えばこれぐらいどうということはない。
まずやってきたのは、どこかの子爵の夫妻だった。
「Sランク冒険者の方にお会いするのは初めてです! 光栄です!」
「まあ! なんて立派で美しい筋肉なんでしょう! あなたのぶよぶよのおなかとは大違いね!」
「こら、余計なことを言わんでいい!」
「きっと長い間、修練を積んできたんですわよね。わたくしたち貴族とはまったく違う生き方なので、あこがれますわ」
「身勝手なことを言っていると思われるかもしれませんが、男のロマンを感じます」
あれ、やけに尊敬のまなざしを浴びてるぞ。
そうか、Sランク冒険者って金メダリストみたいなものなんだな。
一般人も、金持ちも、金メダリストにはあこがれるし、畏敬の念を抱く。そういうのに近いのだろう。
「ミーシャさんは、貴族のご令嬢にしか見えませんな」
「まったくですわ。ミーシャさんを見れば、獣人差別をするような者もいなくなるでしょう。女だったら美しさにやっかむ人がいるかもしれませんけれど」
ミーシャのほうも美を讃えられて、それなりにうれしそうだった。
「そんなお言葉をいただけて光栄です」
ここではミーシャも猫をかぶって、お行儀よくしていた。そのあたりの空気を読む能力はある。もっとも、頭の中では「このモンスターはこうやって対処すればいいのよ」なんてことをいちいち考えているかもしれないが。
それに対して、レナは顔が引きつっていた。
「ミレーユさん、まさかSランク冒険者におなりになるとは」
「びっくりしましたけど、ここまで強くなったということはきっと天職ですのね。自分の力だけで貴族の地位に類するものを手に入れたのだから、本当に偉大なことですよ」
「あ、あ、ありがとうございます……。これからも、やれるだけのことをやりますんで……。あと、親が迷惑かけてたらすいません……」
どういうキャラで押していけばいいか悩んでるな、これ……。
最初の夫婦はごく普通のいい人だった。一組目は終了。
「基本に忠実に対処すれば難なく倒せる敵だったわね」
「お前、本当にモンスター感覚で相手してるのかよ」
「どうせならそういうふうに考えたほうが面白いじゃない。でないと、これから先もとんでもない数の人と話をすることになるわよ」
あらためて会場を見て、そうだよなと思った。
これ、一組五分話すとして、何時間かかるんだ……?
できれば十人一組ぐらいで来てほしい。終わらないぞ。
それから先もレナの両親が貴族たちを連れてきたり、ヴェラドンナが連れてきたりして、それに対して話を合わせるという流れが続いた。
言うまでもなく、こっちは褒められる側なので、そこにストレスはないが、話をする相手が多すぎるのでそこは疲れてくる。しょうがないと言えばそれまでだが。
飲み物に関しては定期的にヴェラドンナが気配りして入れてくれたので、ノドが渇くことまではなかったけど、それでもしんどい。
パーティーがはじまってから、一時間半が経過。
「だいたい、半分は倒したかしら?」
そう言うミーシャの顔にもちょっと疲れが見えていた。
「これだけずっと戦うことはダンジョンでもあまりないから、大変だわ……」
「疲労という意味ではダンジョンに近いよな」
まだ救いがあるとすれば、俺達に会った人が満足そうな顔をしていたことだ。Sランク冒険者を金メダリストと考えればそうだろう。会って損したと思う奴はまずいないよな。
ただ、祝われてはいるのだが、実質労働に近い。料理はヴェラドンナが持ってきてくれるのだが、ひっきりなしに人が来るので落ち着いて食べる時間がない。
レナなんかはすでに力尽きたといった顔で、ばたんとテーブルに突っ伏していた。
「つ、つかれた……だんじょんよりきつい……」
死んだ魚の目をしている。ここまでくたびれているレナを見ることなんて、ほぼないよな……。
「レナはもう部屋にでも返したほうがいいんじゃないのか?」
「ここで寝かせたら?」
「でも、ここにいたらじわじわ体力減っていきそうなんだよな」
死ぬことはないだろうけど、さらに悪化しそうな気はする。
しかし、こちらが対策をとる前にまたヴェラドンナが貴族と思しき人を連れてきた。
まだ若い青年で、しかも相当大きな剣を腰につけている。年齢は二十歳を超えるかどうかというところか。
どうやら騎士らしい。騎士だって爵位を持っているはずだから、おかしくはない。
しかし、会った瞬間、なんか嫌な感じがした。
そういうのは感覚と目線でわかる。
こいつ、敬意をこっちに払ってないな。
「あなたがSランク冒険者の方ですか。僕は騎士として育ったので、冒険者ギルドに登録することは許されなかったのでランクで呼ばれたことはないのですが、きっと恐ろしいほどの強さをお持ちなのでしょうね」
顔を見ればわかる。こいつ、俺を舐めてるな。
「もし、よろしければ一度、お手合わせをお願いいたしたいのですが」
どうやら、自分でも勝てるんじゃないかと思ってるらしいな。いくらなんでも、Sランク冒険者を舐めすぎだぞ。
「あの、そういうのは困ります……」
ヴェラドンナが難色を示した。
けど、こっちとしてはちょうどいいかなと思った。
体を動かさないと疲れがかえってたまるからな。
「真剣はまずいので、木剣が用意できるならやりましょう」




