109話 レナの結婚問題について
「あら? もしかしてそういうわけではなかったのかしら?」
ちょっと、ミーシャが嗜虐的な表情を浮かべた。
「ねえ、あなた?」
今度はカタリナさんが冷たい目で夫に視線を送る。
「あの娘とは別れたって話を聞いていたけど、もしかしてまだ会っていたりはしないでしょうね?」
「と、当然だ……。別れているさ……。あれは一時の気の迷いだ……」
どうやら、以前に愛人がいたようだ。
大貴族に愛人がいてもなんらおかしくないが、少なくとも奥さんはそれを容認する気はさらさらないらしい。
「奥方様、調査の密偵を派遣することなら可能ですが」
さらりとヴェラドンナが言った。
「そうね。ヴェラドンナ、あとでお願いするわ。この人の身辺を洗っておいて。できうる限り徹底的にね」
「おい! ヴェラドンナ! 主人を裏切るような真似はやめてくれ!」
完全にマーセルさんが青い顔になっている。この調子だと、今も何かまずいものがあるようだ。
「いえ、先ほど、ご当主様は自分は浮気をしていないと宣言しておられましたので、何も問題はないと判断いたしました。このヴェラドンナ、ご当主様の言葉を疑うことなく信じたまでのことでございます。使用人としてご当主様の言葉に裏があると考えるのは不敬ですので」
なるほど……。そういう論でいくのか……。
マーセルさんが頭を抱えだしたので確実に浮気してたな。
「ほら、奥さん、浮気をされると許せないと思うものでしょう? 私も同じだわ。ご主人様との間に泥棒猫や泥棒犬が入ってきたら平然とはしていられないわ」
この勝負、ミーシャの勝ちだ。しっかりドヤ顔している。
負けたのはレナの両親じゃなくてマーセルさん一人って気もするけど。
「そうですね。でも、ミーシャさん、あなた、どうして『ご主人様』と彼を呼んでいるのかしら? 妻が夫に使う呼び方ではないでしょう?」
「簡単なことよ。私とご主人様の関係は元々、私が養われている立場だったの。ケイジというご主人様がいなければ私は生きていくこともできなかったわ。だから、その名残ね。それに男としても主人としても愛してはいけない法だなんてないでしょう?」
耳がかゆくなるような言葉だ。当然、うれしくはあるんだけど。
「わかりました。お二人の間にミレーユを割り込ませるのはやめておきます。それに、夫の行状のほうに私も意識がいっていますし」
落ち着いた声でカタリナさんが言った。このあと、夫婦の間でひともんちゃくありそうだけど、それはこっちの責任じゃない。ミーシャを敵にまわしたほうが悪い。
「では、ミレーユのためにほかのいい男性を探さなければいけないわね……。あの子自身はもうすっかり冒険者だし、どうしたものかしら……」
そうか、この人達にとって娘が独身でいいって発想はないよな。貴族なんだから当然か。
もしレナに好きな人ができたのなら、その恋路を応援してやりたいと思うが、現状、そういうそぶりもないし、本当にいないのだろう。
「じゃあ、お見合いでもさせたらどうですか? やると言うかどうかは謎ですけど」
お見合い自体は本人同士の自由意志に最終決定権があるのだから、いいんじゃないだろうか。本来は貴族の家だと家で決めてしまうのかもしれないが、レナが家の意見を聞くわけがないからな。
しかしカタリナさんが首を横に振った。
「Sランク冒険者の女と結婚したいだなんて男は普通いませんよ。猛獣と結婚するようなものと考える人のほうが多いでしょうね……」
「そこまでなの……?」
Sランク冒険者の女性であるミーシャがショックを受けていた。
「ミーシャさん、逆の立場になって考えてみて。たとえばあなたが普通の貴族の青年だったとするわ。相手がSランク冒険者の女性だったら怖くならない?」
ミーシャは腕組みをして、天井のあたりを見ながら、考えてみた。
「けっこう嫌かも……。何をするかわからなそうっていうか、いろいろ命令とかされそう……」
「でしょう。距離が開いているなら、Sランク冒険者は畏敬の対象だけど、近くにいたらつらいんですよ。お二人もどっちもSランクだから釣り合っているけど、片方がDランクとかだったら、すごくぎくしゃくするはずです」
思い当たる節がありすぎた……。
俺もミーシャに養われてばっかりだと嫌だって思って、ずっと強くなろうとしたよな。
女のほうが無茶苦茶強くて男が弱いというのは、やっぱり落ち着かないのだ。仮に女のほうがそんなの気にしなくていいと言ってくれても、男としてはそうはいかない部分もある。
「だから、やたらと俺と結婚させようとしてたんですね……」
いろいろと腑に落ちた。
「ほかのAランク冒険者の方などでもいいので、いい方がいたら教えてください……」
カタリナさんに本気で頼まれてしまった。
「ええと、善処します……」
とはいえ、どうにかできる見込みはあまりない。




