107話 セルウッド家へ凱旋
レナの実家へ戻る旨のことをヴェラドンナに言ったら、かなり喜ばれた。
ただし、本人がすごくうれしいと言ったわけではない。本人は無表情に「そうですか。では、私もお供いたします」と答えただけだ。音声だけで聞いたら、喜んでることなんて絶対にわからないだろう。
じゃあ、なんで喜んでるとわかるかというと、その話を振ったら尻尾がやけに振れていたのだ。
獣人は腹が立っている時にも尻尾が動くのだが、この話で腹が立つ理由はないから、おそらく喜ばしいのだろう。少なくとも興奮するような話題だったことは事実だ。
大貴族のところにアポなしで行くのはよろしくないので、事前に手紙を用意した。なお、輸送はヴェラドンナが手配してくれた。セルウッド家のネットワークみたいなものがあるらしく、それが王都メイレーにもあって、通常よりかなり早く届けられるらしい。
実際、想定より一週間は早く返信が届いた。ぜひともお会いしたいという旨と、Sランク冒険者になったことを寿ぐ内容が書かれてあった。
文面で、すでに「ささやかながら記念パーティーを開かせてください」と書いてあるから、豪華なパーティーになるのは確定だ。あの家でのパーティーがささやかなもので止まる可能性はない。呼べる貴族を片っ端から呼ぶぐらいのことはするんじゃないだろうか。
レナは「ほら、パーティーとかすぐにやろうとするんですよ……。だから、嫌なんです……」と顔をしかめていた。親バカっぽい行動を子供が避けるのに近い心境かもしれない。
「娘がSランク冒険者になったんだから、きっとうれしいのよ。祝わせてあげなさい」
ミーシャの言葉にレナも「そうですね」と恥ずかしげに同意した。まだ、親に堂々とありがとうとか言いづらい年頃なのかもしれない。
出発の日にはセルウッド家から馬車の一団がやってきた。以前、ここにやってきたガイゼルといういかつい男が使者の代表だ。
「皆様、お待たせいたしました。再び、お会いできて光栄です。さあ、馬車へどうぞ。屋敷までご案内いたします」
ガイゼルは冒険者の格好でもしたほうが似合うほどいい体をしているが、執事の服を着ている。おそらく、冒険者をやらせてもかなりの活躍を示すだろう。
「俺達で歩いていくつもりだったんだけど」
「それはいけません。皆様はご立派な地位を有しておられるのですから。それに皆様を歩いてこさせたとなると、セルウッド家の評判にも関わりますので」
ガイゼルが困った顔をして言った。
「仰々しいけど、素直に従いましょう。私たちも貴族階級のはしくれなんだし」
ミーシャは讃えられることは割と好きなので、まんざらでもないようだ。
「そうだな。向こうの家が恥をかくようなことはできないし」
「でも、あんまり派手なのはやめてくれよ……。私はそういうの苦手なんだ……。目立ちすぎるようなら、逃げ出すからな……」
ずっとしかめ面のレナにガイゼルも「了承いたしました」と頭を下げた。
きっとガイゼルの中では目立ちすぎないようにしていたんだろうけど、やっぱり目立った。
飾りをつけているわけではないが、馬車が立派すぎるのだ。こんな大型のもの、普通は走ってないし、馬も馬車に使うにはもったいないようないい毛並みの名馬だった。
街道を通っている間も、「これは貴族様のだな」「いつかこんな馬車に乗りたいな」といった声が聞こえてくる。
「ほら、みんな通りがかる人は何だ何だと見てるでしょ。こういうのは慣れないんですよ。こっちは元盗賊なんだから……」
レナの尻尾はぺたんと垂れている。
「かといって、貴族なんだからお忍びで使うようなボロい馬車でってわけにもいかないだろ。我慢しようぜ」
「あぁ……親父とおふくろに会うのか……。ダンジョンよりよっぽど心理的にきついぜ……」
終始、レナは低いテンションだった。まあ、大貴族の娘が盗賊になること自体前代未聞だし、それでSランク冒険者にまでのぼりつめるのも前代未聞なので、この程度の違和感は我慢してもらおう。
無事に馬車はセルウッド家のあのお屋敷についた。周囲は二重の濠に囲まれているが、その内部にすら森や川がある。初めて来た人間はここがガートレッド王国の王城だとすら思うんじゃないだろうか。
そして俺達は屋敷にて、レナの両親の歓待を受けた。
マーセルさんとカタリナさんというライカンスロープの夫婦だ。
「いやあ、よくおこしくださいました。ケイジさん、ミーシャさん。娘のミレーユがSランク冒険者にまでなれたのはお二人のおかげです」
落ち着いた紳士といった雰囲気のマーセルさんはあくまでもミレーユとレナを呼ぶ。ミレーユと自分達で名づけたのだから、当たり前だけど。俺はどっちで呼ぼうかな……。ミレーユと呼ぶとレナがいい顔しなさそうだし、レナでいいか。
「いえ、あくまでもレナの頑張りの賜物ですよ」
ミーシャがいるパーティーでなければここまではなれなかっただろうけど、レナが頑張ったのも事実だ。




