1話 猫と一緒に転生した
新連載はじめました! よろしくお願いします!
この俺、村田ケイジは猫を一匹飼っている。
ミーシャという今年で三歳になるメス猫だ。
毛並みは真っ黒。
つい、クロって名前にしようかと思ったが、思考停止している気がしてミーシャにした。
サラリーマン生活をはじめると同時に飼った猫だ。
俺は就職した会社の事情で、縁もゆかりもない地方で働くことになった。
もちろん友達の一人もいない。
ていうか、仕事でかかってくる電話はたまに方言強くて聞き取れないことすらある。
そう、言葉すらわからない次元だったのだ。
冬は雪が何十センチも積もった。家の近所で遭難しかけたことすらあった。
もう辞めようかと何度も思った。
それでも続けられたのはミーシャがいたからだ。
本当にミーシャは俺の唯一の友達だった。
食べる物にはうるさくて俺を悩ませたけど、仕事で落ち込んでる時ほど不思議と俺の膝に乗ってきたりした。慰めてくれているのだ。
冬のある日、ミーシャが玄関前でにゃーにゃー鳴いた。
これは外に行きたいという合図だ。
猫は寒いのは嫌いだが、それは個体差が激しい。
ミーシャも寒いのは苦手なのだが、10分ほど近くを散歩するのは好む。
散歩といっても、俺が胸に抱いてなんだけど。
その日は雪で少し視界が悪かった。
しかも路面も凍結している。
「こんな日だと車のスリップが多いんだよなあ」
とくにトラックに気をつけよう……。
雪国だと本当に冬場の事故が急増するのだ。
いつもなら停まれる車が停まれないということがある。
――と、トラックがスリップしてこっちにやってきた。
「にゃー!」
ミーシャもびっくりして鳴いた。
だが、俺は落ち着いていた。
そんなにあっさりトラックにひかれてたまるか。
華麗にかわして、俺は欄干のほうに大きくジャンプする。
え?
欄干?
そこは橋の上だった。
かなり下のほうに水量の少ない川が流れている。
勢い余って、俺は橋から転落して――
ミーシャごと川に打ち付けられた……。
◇ ◇ ◇
「いやあ……すごい死に方しましたね……」
気づくと目の前に女神らしき人がいた。
「トラック回避からの即死……。しかも猫も死ぬってレアですよ……普通は猫をかばって死ぬとかだと思うんですけど……」
「そんなに呆れられても……」
「にゃー」
「あっ、ミーシャも来てる!」
そうか、俺のせいでミーシャまで死なせてしまったのか……。
「正直、あなたはどうでもいいんですが、女神の私は猫好きなんです」
正直すぎるだろ、女神。
「せっかくなので、その猫と一緒に転生させてあげましょう」
「ありがとうございます! それ、最高です!」
ぶっちゃけミーシャがいるならどんな地獄でもいい。
「じゃあ、主人公最強の設定で猫と一緒に転生するコースにしましょう!」
「ありがとうございます!」
女神がこちらに手を伸ばす。
俺とミーシャの体が発光しはじめる。
あとは転生を待てばいいだけだな。
だが、なぜか女神の表情が曇った。
「あ、間違った……」
ちょっと待て。
今、女神、なんて言った?
「左と右の設定が逆だ……。まあ、いいや。このままいきます!」
すごく不穏なその言葉が、俺がそこで聞いた最後の言葉になった。
◇ ◇ ◇
気づいたら、大きな召喚円の前にいた。
「おっ、また一人出てきたみたいだな」
そこを取り仕切ってるような腕っ節の強そうな男が立っていた。
「ここはガートレッド王国の王都メイレー。この召喚円にはお前さんみたいな異世界人が出てくるんだ」
聞いてもないのに教えてくれる。
まあ、聞かないとこんなことわかるわけないもんな。
「しかし、猫と一緒に出てくるなんて珍しいな……」
俺の腕にはちゃんとミーシャがおさまっている。
「にゃー」
よしよし、お前がいれば俺はなんだってできる。
女神が間違ったとか言ってたけど、とくにそんなこともないみたいだ。
それから男は俺に革の鎧やら金属製の剣やらを渡してきた。
「ちょうど、もうすぐ出発するところだから、それを着ておけ」
「出発ってどこに?」
「新人は王都近くのダンジョンに一斉に出ることになってる。これは一種の慈善事業なんだぜ。なにせ縁故だってないんだから、強さを見せて生きていくしかねえだろ」
たしかに俺も縁のない土地でサラリーマンをやって苦しめられた。
男が言うには、ダンジョンでよい成果を出せば、そのまま国で雇ってくれるのだという。
ダンジョンには当然のようにモンスターがうようよしているので、これを進むだけでも大変なのだ。
国としても優秀な軍人を手に入れられるから、メリットはあるというわけだろう。
「まあ、異世界から来た奴らはたいていステータスが高いからな。一般人がLv1だとすると、冒険者としてやっていけるLv15ぐらいはあるのが普通だ。まあ、国の軍人の付き添いもないから、それぐらいレベルがあってちょうどいいかもしれねえがな」
そうか、女神はこれでいきなりLv100だった的なチートをさせてくれてたんだな。
「ステータスは自分のステータスを見せろと念じれば見られるぜ」
ちょっとわくわくしながら念じてみた。
=====
ケイジ
Lv1
職 業:未定
体 力:9
魔 力:2
攻撃力:6
防御力:5
素早さ:5
知 力:8
技 能:なし
その他:猫を飼っている。
=====
「これ、一般人じゃん!」
女神、ミスってるよ! これだと戦闘に出てもすぐ死ぬよ!
ダンジョン行くのはやめたほうがいいな……。
こんなの普通に考えて死ぬだろ。
と、ミーシャが俺の腕から離れて、外へ出ていった。
「おい! 迷子になるぞ!」
ミーシャがようやく止まる。
その前には「ダンジョン行き」とその世界の言葉で書かれた馬車も止まっている。
「ミーシャが行けって言ってるわけか」
これも何かのお導きだ。
俺はその馬車に乗ることにした。
移動中の馬車で簡単な説明を受けた。
ダンジョンは最低、地下30階層まではあるような非常に深いもので、たいていレベルと同じぐらいまでの階層に下りるのが一つの目安らしい。
たとえばレベルが5なら地下5層ぐらいまではたいてい行けるということだ。
あと、ダンジョンに入って馬車まで戻ってくれば、報酬として3000ゲインをくれるという。どうやら日本円で言うと3万円ぐらいの感覚らしい。
このお金でしばらくは暮らせということか。
さらに地下15層まで行くと、15000ゲインくれるらしい。それだけ有望な人間だというお墨付きか。
日本円で15万円か。当座の資金としては悪くない。
が、Lv1じゃ無理だろう……。
一緒に馬車に乗ってた冒険者見習いの男に声をかけられた。
「なあ一緒に15層を目指さないか。俺たちはすでに四人で一緒に行く話をしてるんだ。何人にダンジョンに入っても問題はないらしいしな」
「お話はありがたいんですけど……皆さん、レベルはいくつですか?」
「Lv14だぜ」
「こっちはLv13」
「Lv16よ」
「Lv15だな」
ほら、見事にLv15ぐらいに集中してる。
「俺、Lv1なんです」
「おいおい、一緒に行くのが嫌だからってそんな冗談はやめろよ~」
「本当なんです……」
深刻な顔で言うと、あわれみの目で見られた。
冒険者としてはすでに終わってるもんな……。
「にゃー」
空気も気にせずにミーシャが鳴いた。
次回は昼の12時頃更新予定です。