狂気的な彼らの秋休み
よかったら「中性的な彼(彼女)と俺たちの秋休み」もどうぞ。
読んでいなくてもわかるようになっていますが、知っているとより楽しめます。
「やっほー!」
肩で揃えられた艶のある黒髪に、ぱっちりとした目。こじんまりとした唇も控えめで可愛らしい。と、見た目では誰もが思う。しかし、コイツが吐く言葉はいつも軽く、気取っている。だから誰もに好かれる人気者になっていないのだろう。
「どうした、中性?」
性別不明だから、中性。コイツのニックネームの由来はそれだけで、実に単純だ。厨二心にあふれてはいるが、的確にコイツのことを表していていい呼び名だと思う。
それにしても、いつも話しているとコイツの性別は何なのか気になってしまう。見た目はボーイッシュではあるが、女だといえるレベル。声は透き通っていて、変声前の男子ともいえるし、普通の女子とも言える。立ち振る舞いは洗練されていて、戦闘もこなせる執事かメイドのよう。
そう、どれを見ても判断がつかないのだ。大抵のことはどちらともとれる振舞いをし、そうでないものも曖昧に行動する。一緒に風呂でも入れば確認できるだろうが、上手く断られる。トイレに行っている様子もみたことがないし、水泳の授業も出ていない。性別を判断できる要素は全て行動せず、確認させてくれなかった。
話を戻そう。俺は今、寝ていた。そう、教室の床の上に。さっきまで普通に家にいたはずなんだけどな。
「えーっとねー」
意味深に語り始める中性。いつものことだが、ぶりっ子のようで気持ちが悪いと思う。いや、一般的な価値観で解釈すれば確かに可愛いといえるし、大半の女子も賛同してくれるだろう。しかし、俺はそうは思えない。なぜなら俺は人間に魅力を感じないからだ。いい感じに自問自答できたな。
まあ、俺に好きな人がいないことはそこまで驚くことでもないし、非日常要素でもないか、うん。
「一服、盛らせていただきました!」
「いや、それはわかってる。何故そうした?」
これでも状況把握能力は高いほうだと思ってる。といっても、冷静に考えれば誰もがわかる真実だろうが。眠る前は家にいた。その時は金曜日。友達に中性という異端者がいる。この状況から導き出されるのはただ一つ、中性に何かされた、ということだ。コイツは大抵薬を使うから、何か盛られたということもすぐにわかる。
ただ一つわからないことがある。それはいつ盛られたか、ということだ。
俺は金曜日は一日何も飲まなかった。食事は摂ったが、鍵付きで厳重に保管してある弁当箱にあった物しか摂っていない。弁当箱に盛ったなら流石に気付く。まあ多分、俺の部屋に気体の睡眠薬でも使ったのだろう。
「だってハロウィンだよ!?」
コイツ、こんなにテンション高かったかな。騒ぐ中性の頭を押さえて訊く。
「じゃあ今日は何をしてくれるんだ?」
思い出されるのは、長い距離を探索させられた去年。辛かったわけではないけど、少し疲れたしめんどくさかった。だから今年は何かするならこっちに負担がかからないようなことにしてほしい。
「ボクと君の友人達から菓子を強奪していくのさ!」
俺のことを君、って言ってるくらいだしやっぱり結構テンション上がっているようだ。というか、強奪か。中性なら平気でやりそうで怖いな。コイツ、やってることがばれたら逮捕当然のクレージーな奴だし。
まあ、俺たちの友人だし強奪くらいなら対応できるだろう。でも、こいつが勝手にやるならいいけど、俺が何かやるっていうのはやだな。まだ犯罪者になりたくないし。
「いってらっしゃい」
「当然君も連れて行くよ?」
えー、と文句をつけようとすると、いつの間にか首元にナイフを当てられていた。普通の奴ならただの脅しで終わるんだけどな。そしてこっちが命には興味がない、といった風体で佇んでいれば勝手に同類認定してくれる。
でも中性は違う。コイツは殺すといったら殺すし、脅しに反抗したら半殺しにするわがままな奴だ。
「よっと」
それでも俺は抵抗する。いや、危険しかないのはわかってるんだけど、今後のためにコイツの攻撃から身を守るパターンを構築しないといけないから、少しでもコイツの攻撃方法が調べたいだけだ。
「もー。ボクには勝てないってわかんないかな?」
コイツは殺すとき、口調が軽くなる。それと同時に見えなくなる。うん、ここまではいつも通りだ。問題はこの見えないほど早い攻撃をどうやって躱すかだ。
まず、大きくバックステップをとってみた。
「逃がさないよ?」
一瞬で詰め寄られた。……早くもあと一つしか方法が残っていない。
「まな板」
俺はしゃがんだ。刹那、鎌鼬のような旋風が頭上を通り過ぎる。俺の身体能力が優れていれば、どのように中性が俺に攻撃しているか確認することができるのだが、あいにく目はあまりよくない。
まあ、教室内に仕掛けてあるカメラでいつか確認しておくかな。
「死ね」
容赦のない言葉が降る。バックステップをしようとしたけど、捕捉されていそうだったので横っ飛びをして机を盾にした。すると今度は瞬時に教室内の机が一掃される。
言葉の通りに、塵になった。
というか、この後どうしようか。その場のノリで挑発してみたけど、ここからどうにもできないしな。謝っても無駄だろうし。
「お前が俺を殺したらもう俺で楽しめないぞ?」
「それが?」
うーん、コイツはなぜそこまで自分の胸にコンプレックスを持っているんだろうか。やはり女なのか。いや、男だけど女らしくあろうとあるはずのない胸を求めているだけかもしれない。
「ねえ、本気出すよ?」
「やめてくれ。というか、そしたらそっちもただじゃすませないぞ?」
「……具体的には」
「まあ、お前の五感の半分ほどは冥土の土産とするかな」
俺が堂々と言うと、中性は軽く肩をすくめた。どうも、信じてくれていないようなので、俺は証拠を示すことにした。
「ジャック」
反射的に中性はその場から飛び退くが、何も起こらない。
「どうだ?」
とりあえず、訊いておく。流石にここまでしたらコイツも気付かないだろうけど、一応だ。
「……君が設置したカメラが光ったくらいしかボクにはわからないかな」
「あ、それただの光の反射だぞ」
中性は頬を赤らめた。世間一般的な感想を言うと、可愛い。やはり世間の人々はこういったドジの要素を求め、欠けている天才を好むのだろうか。欠如なき天才も俺はいいと思うんだが。
「じゃあ、何をしてくれたの?」
「いや、何もしてないけど」
肩をすくめてそういうと、首元に短刀が当てられていた。そのまま大きく振りかぶって――
「ほら、確かに新しいことは何も、してないだろ?」
中性の手が、止まった。うん、良い反応だ。
こういった日のために爆薬を埋め込んできてよかった。
そう、俺の腹部には爆薬が縫い付けられていた。
「……さっき確認した時はなかったよね」
「俺の裸体を見たのか? 全く、デリカシーのないやつだ」
「人のトイレや風呂に乱入してくるような君だけには言われたくない言葉だね」
「羞恥心でもあるのか?」
「ボクだって人間だからね、あるよ」
「そうなのか。俺は常識はあるが、羞恥心というものを感じた時はないぞ」
「君は異常だからね」
「お前だけには言われたくないな」
言葉の応酬が続きそうだったが、中性が何かに気付き、喋るのをやめる。
「どうした、まな板?」
俺の言葉に思わず足が出そうになった中性。それでも俺に攻撃を加えないということは、ばれたかな。
「話しを逸らさないでくれるかな?」
ああ、当然ばれてたか。爆薬のくだりは追及されたくなかったんだけどな。にしても、完全に感情を抑え込んでいると思ったら、指先が細かく震えているようで、抑制も辛いようだ。もしかして今なら罵倒し放題じゃないか?
「まな板、ぺったん、洗濯板」
「……君には語彙力も欠けているようだね」
「寂しがり屋、枯れてる、そこそこ短気」
「……」
「実はむっつり、それに――」
「やめてくれるかなあ!」
中性は泣きそうな顔で叫んだ。まあ、これも演技なのだろうが、一般人的な感想だと、可愛い。
「盗撮魔」
「今回は演技じゃないから! やめてください!」
珍しい。中性がここまで取り乱したのは初めて見たかもしれない。この日のために中性のストーカーをしておいたのが役に立ったな。あとは、盗聴器も仕掛けておいて成功だった。
「更衣室」
「……ばれてた?」
「当然」
コイツは俺が着替えている様子を盗撮していたのだ。一般常識的に考えておかしかったが、特に害は感じなかったのでスルーしてしまっていた。
「それで、なんで君はこんなに馬鹿なことをしたの?」
中性はそういって俺のおなかを撫でる。そこそこ鍛えてある腹筋と全く合わない異物がそこにあるのは、自分でもおかしいと思った。というか、なんで俺腹に爆薬縫い付けたんだっけ。ああ、くっつけておくだけだとばれそうだったからか。
「さあ」
「……痕、残るんじゃない?」
「残したいのでなければ消せるぞ」
「誰に?」
「誰かに」
医学に精通している奴がいたような気がした。まあ、痕を気にされるようであったら消しにいけばいいだろう。あいにく医者は揃ってるしな。
「君ってやっぱおかしいよ」
「お前には負ける」
「……多分まだボクの方が常識人なんじゃないかな」
「一般常識や礼儀作法、マナーを熟知している俺が異常だと?」
「知ってるだけでしょ? それにそんな突拍子もない行動を突然するんだから、十分おかしいよ」
そんなものなのか。正直俺のような常識人は世にあまり存在せず、自分はすごい凡人なのだとずっと思っていた。コイツのように人を殺したりすることもないし、何か薬物に知識があるわけでもない。物語に登場する異常者のように何かを楽しんだことなどないし、すごいことをしたわけでもない。
そんな俺のどこかおかしいのだろうか。
「その様子だと自覚症状がないみたいだね」
俺の様子を見てそう思ったのか、中性 は告げた。俺は普通だと思ってるんだけどな。何故か訊いてみようか。
「君がおかしいのはただ一つ。心、だよ」
「心? このように心臓はしっかりビートを刻んでいるぞ?」
「いや、心臓っていう意味で使ったんじゃなくてね。君の精神のことだよ。内面のね」
「……せいぜい人間に魅力を感じないくらいだな」
「君、性欲はある?」
コイツの問いは脈略なく訪れた。性欲、か。
「あるんじゃないか?」
「あるわけないでしょ。もしかしてあると思ってたの?」
即答された。いや、じゃあ訊くなよって突っ込みをしようとする。
「ボクが近くにいて興奮しない人なんていないからね」
「やはりナルシストか? まな板なのに」
「そうかもね」
完全にスルーされた。軽く耐性がついてしまったようだ。まあ、間を開ければこの挑発も効果を成すようになるだろうし、その時まで封印するか。
前触れなく、中性は動く。俺に身体を寄せ、上気させた顔をこちらに向ける。情熱的な上目づかいに、身体を這う指先。一般的に表すと、艶めかしいとでも言えばいいのか。そんな感じでコイツは俺を……誘惑? してきた。
「気持ち悪い。どうした?」
「ボクに対してそんな言葉をかけた人は君が最初で最後だよ」
素直な思いを伝えただけだ。
「全く。何がしたかったんだ?」
「……百戦錬磨なボクの技で何も動じないなんて、修行しなおそうかな」
「すまなかった?」
「君は悪くないよ。強いて言えば君の心が悪い」
「それはつまり俺が悪いということだろう? すまないな」
「意味のない謝罪は遠慮してくれるかな。まあ、これが君が枯れてるって証拠だよ」
ふむ、この一連の流れは俺の性欲を調べる目的があったのか。しかし、近頃の男女はこんなことをしていて楽しいのだろうか。人に触れられるのは嫌いなはずなのにな。あいかわらず人間はわけがわからないな。というか、俺は人間に興味がないだけと思ってたが、この様子からするとこの世界に俺が興味を感じるものなんてないのかもしれないな。
中性は限りなく人間じゃない人間だ。それに反応しないということは、人間が少しでも混じっていると俺は興味がわかないということだ。
虫にも植物にも無機物にも興味が湧かない俺ってなんなんだろう。まあ、この程度の個性はよくいるだろうから気にしない方がいいか。
「ふむ」
「ということで、友人の家に行こう!」
「えー」
「無理やりにでも連れてくよ?」
「報酬は?」
「世界の半分なんてどう?」
「そんなのいらん」
「君に欲しいものなんてないから、上げるものもないよ。何故君は報酬を求める?」
「人間だから」
「欲があるとでもいいたいの?」
「ああ」
「君にあるわけないでしょ。多分人間心理を学んでいた君が無意識に人間的な行動をとろうとしたから、反射的に言っちゃったんじゃないかな」
「そうなのか?」
「自覚症状がないって怖いね」
コイツはどこまで俺を超人にさせようとするのだろうか。にしても、欲しいものか。今度のハロウィンくらいまでに探しておくかな。見つかったらいいな。
まあ、こんな荒廃した世界じゃ新しいものも簡単には生まれないだろうし、ゆっくり気長に探せばいいかな。どうせ変化は遥か先だ。
「じゃあ、行くか」
「ありがとう我が友よ! では、いざ行かん!」
中性の純粋な笑顔が眩しい。
人の感情がわからない俺にはこんな心からの笑顔なんて不可能だ。だからこそ、その点ではコイツはいいな、と一般常識的には思う。
さて、いつになったら俺に感情がつくのかな。もし感情がついたら俺はどうなるのか。
今までしてきたことを覚えていて、まともでいられるだろうか。まあ、一般常識を失わなければ今まで通り普通に生活できるかな。
中性は無垢に見える笑顔を浮かべて、俺に手を伸ばす。
世界を一度滅ぼした友の手をとり、俺はスキップをしながら歩き出した。