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5月のある日

『ドーナツ3番』

朝の陳列業務を終えて、終業まであと15分。

首都圏のコンビニ夜勤のバイトをしているアラサーニートのハルキは、トイレでスマホチェックをした。

ラインに入ってた不可解なメッセージの送り主は、オンラインRPG仲間のユキ。

「ドーナツ3番?どうすんの?」

ユキは地方都市在住で、実際一度も会ったことがないのだが、ゲーム内では何かと世話をやいているという間柄。

ハルキはひとり言をそのままラインで返して、スマホをポケットに入れ、引継ぎを済ませるため仕事に戻った。

ゲームのための連絡ツールで始めたラインは、何かとヒマな時のおしゃべりなんかもやり取りするようになり自分の生活環境も話す仲のユキだが、ハルキはユキの素性をよく知らない。

ただ、気が合うのだけは確かで、それが恋愛感情なのかどうかは自分でもよくわからない。

「お疲れさまでしたぁ」

タイムカードを押して、コンビニ経営者が借りている従業員用の駐車場へ向かおうと店を出た。

五月晴れという言葉にふさわしい1日になりそうな朝、ようやくこの時間でも上着が要らなくなったなと思いながら歩いていると、後ろから声がした。


「ドーナツは?」

「誰?・・・・ぴおち?」

『ぴおち』とはユキのゲームキャラの名前だ。

「ドーナツは?3番!」

「どうして?ここに?」

「ドーナツは?」

会話が噛み合ってない。

噛み合わない会話はゲームのチャットでもいつものことなんだが。

「だから!どうしてここに?」

ハルキは音量を上げてみた。

「気が付いたらココだった」

ユキの返事は、いつもゲームに入ってきた時の挨拶と同じだった。このユキ、夜はゲーム中に寝てしまう常習犯で、仲間から寝落ち姫と呼ばれている。

ゲームを再開すると、寝てしまったところから始まるので、入ってきての第一声は

『気が付いたらココだった』

なのだ。

しかし、一応、初対面なのだが、この会話。

「いつどうやって来たの?」

ハルキの疑問は至極真っ当なもの。

「おなかすいとるん!ドーナツは?」

だがユキはお構いなし、いつもと同じ。

この2人の掛け合いは、ゲームの仲間内でも有名で、何かと噛み合わないチャットのやり取りは日常茶飯事なのだ。


「待ってて。」

ハルキは店内に引き返した。

最後はいつもこうなのだ。何かと世話をやいてやるのはハルキ。

「けど、あの人はいくつなんだ?」

ドーナツを買いながら、ハルキはこれからのユキの対応に困っていた。

~年上ならそれ相応に言葉遣いを考えないと・・・~

意外と律儀な性格のハルキ。

~もっと現実的なことを聞いておくべきだった~

ゲームの中じゃリアルな話はしなくても差し支えないので、自分のことは話の流れで話しても、相手のことはあまり気にしないのがハルキなのだ。


「これ3番?」

ハルキから受け取ったドーナツとカフェラテにユキが言う。

「うちの3番はこれ・・・です」

ハルキは一応、丁寧語でしゃべることにした。

「こっちは違うのかぁ。ま、いっか・・・で?なんで『です』なん?」

会話が噛み合っている。

「いや、もしかして年上かと?」

ハルキは声のトーンまで変えた。

「いつものギルでいいよ」

『ギル』はハルキのゲームキャラの名前だ。

~そう言われてもねぇ・・・~

どうしたものかと困りながら黙っていると、ユキはドーナツをほおばりながら歩き出した。

「行こっ」

先を歩き出したユキを追いかけて

「どこへ?」

ハルキの言葉に、ユキは立ち尽くした。

「どこ行く?」

逆に振られて困ったハルキは、とりあえずユキを愛車GTRに乗せた。


~行き先に困るな・・・まさか家に連れて帰るわけにいかないし~

臨海公園への案内を見て、いつもは直進する交差点をハルキは左折した。

まだ車の少ない駐車場にGTRを入れて、車から降りたハルキはユキに言った。

「ちょっと歩こう」

何か反論あるかと思ったが、ユキは黙ってカフェラテのカップを持って降りてきた。ドーナツは食べてしまったようだ。

ふたりは並んで海岸へ続く公園の小道を歩き出す。

「会いたかったん・・・」

地方訛りで話すユキには慣れていた。いつもチャットも訛り表現だった。

でもイントネーションは想像でしかなかったが、どうやら関西圏訛りのようだ。

「で?」

先を促してみるハルキ。

「ん?」

いつもそうだ。こちらのクエスチョンにはクエスチョンが返ってくる。

「ま、いいや。これからどうするの?」

新しいクエスチョンを振ってみる。

「あ、飛行機!」

クエスチョンの答えは滅多に返ってこないがユキなのだ。

ユキはカフェラテのカップをおしゃれな形をしたゴミ箱に投げ込んで、走り出した。

~なぜ、走るんだ?!~

歩くスピードを上げてついて行く。


海岸へたどり着いたふたりのほかには、犬の散歩をする初老の夫婦くらいしかいない。

ユキはハルキの想像通り、靴を脱いで波打ち際へ駆け出す。

「やると思った・・・」

波がこない砂浜へ腰をおろして呆れたように言ってみた。

しばらくひとりではしゃぐユキを何気なく眺めてたが、ハルキが立ち上がるのと、ユキがひざまで浸かりながら立ち尽くしてしまうのは同時だった。

ハルキとユキの距離は数メートル。

クロップ丈の真っ白のパンツを濡らしながら立ち尽くしているユキは、少しずつ後ずさりしている。表情はよくわからないが、何か緊迫した雰囲気なのは背中でわかった。


ハルキは慌てて海へ入る。次の瞬間、まさにハルキがユキの手をつかんだその時、ふたりはすごい力で海に引きずり込まれた。










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