1ー3
騎士が1体に大量のコケ。
戦力とは到底言えないそれらではあるが、領内に住まうものはそのぐらいで後は小動物や木々。要所を置くにしてももう少し何かあっただろうに・・・。
また入口たる巣穴だが、木々をいくつか消費して小屋を作り、その中に入口を移した。シンプルではあるし、とりあえずの処置だ。
日の傾く中。その日の傾きを眺めながら青かった空が赤みを帯びて行くのを、青々しかった木々が日の色に燃やされるよう変えて行くのを見つめる。視線のやや下ではいくつかのコケもその表面を赤く輝かせている。
「景色としては悪くないのだがな・・・。」
5km×5km内。そこには実に何もなかった。何も無いと言うと間違いだろうか。森はあるのだ。そして森に生きるもの達もいる。だが思ったより大きな生き物はいなかった。目立つ水源もなければ鉱物資源もない。そして何より人がいない。そこが何より致命的だった。だからこそ産み出す必要があるのだろうが・・・
そんな事を考えている時であった。空気と共に脳から目蓋に向けてざわつきを感じさせる。範囲内へと侵入してくる何かを知覚した。まだこちらに来ると限った訳ではないが、何者か確かめるべく意識を向ける。幸い数はそう多くは無い。反応は3つだ。騎士を呼び寄せておき、より意識をそちら向ける。3つの反応に対し次第に精度が増していく。
人族:女
武装:特になし
蛙族:男
武装:剣
蛙族:男
武装:剣
・・・なんとなく状況に想定はついていたのだが、さらに意識を向ける事で女性が追われている事は確定となった。
走りぬけているのは黒髪の女性。赤茶けた色合いの薄汚れた服を見に付けており、その足元もかなり土にまみれていた。息も荒く走り続ける後方では、こぼれんばかりの目を女性に向けて“飛び跳ねて”くる。大きな目がのる顔は緑色でその下にはだらしなく開いた口に垂れた舌が見える。
「ゲッゲッゲ。いい加減あゲらめたらどろぅだぁ~?」
先を行く方が目をギョロギョロと動かしながら声をかける。もう一方もだらし無く笑みをこぼしている。時折口元に力を入れて舌を戻し、シュッと前方に飛ばして見せる。前を行く女性の肩口、腕、脚などをかすめて擦り傷や打ち身を増やしていく。
女性はその度に痛みに息をもらし、歯を噛み締め走る。諦めていない訳は無い。むしろ無理だと思っている。ただ足を止めても終わる訳ではないのだ。どちらにせよ変わらないのならと走っているのだ。走る足元で枝が飛び出ているのが見えれば、そこに飛び込んで突き刺さり血塗れになって事絶える自分を想像してみては上手くいかないだろうなぁと否定する。今も必死ではあるのだ。あるのだが、無我夢中ではないのだろう。仮定と想定で満たされつつも体は息もままならぬ欠けた状態なのだからある意味バランスが取れている?そんな思考の大渦がうねっていた。
蛙族とはまんまカエル人である。オークを豚人、コボルトを犬人だと表するようなものと思ってもらって大差ない。(D&Dでのイメージから広まっただけで本来は邪霊を表していたとかの説もあるらしい。が、それは知った事ではない。)
大きな目玉に大きな口、長い舌にぬらりとした肌。水かきがあって高く跳ねる。そのカエルだ。
そのカエルの胴体や手足を引き延ばして5等身ぐらいにするのだ。頭1:胴2:脚1.5(ちゃんと伸ばせば2)ぐらいのイメージで良いだろう。
逆間接にはならずガニマタで捉えてもらえればよりイメージは統一されてくるのだろうか。半陸半水の生活をしており、エラや肺の機能は弱く皮膚呼吸を主にしている。
皮膚が乾く事を避ける傾向があり、油分の分泌で補う事も多い。
一般的に人族と競走した場合、そもそも走る事に適しておらず脚を前へ前へと伸ばすして進むのも決して得意とは言えない為勝負にはならない。だが、それはあくまで『走る・歩く』場合の話である。彼らの陸上での本領は脚のバネにある。
先程ガニマタをイメージしてもらったが彼らの太腿は基本的には太い。膝が正面を向かないのだ。その為基本的に彼らは『跳ぶ』。
単純に前へと跳び続けられれば彼らは速い。だが状況がそれを許さぬ事の方が多い。跳んでいる距離を伸ばす程、障害物の有無が関わってくる。
衝突ひとつとっても単純に問題であろう。そして跳ぶ距離に応じて着地の衝撃が大きくなる事がある。更に跳んだ後着地する脚も膝を前方に出して行えない為、二足のままで着地するのは慣性が操作しきれず非常に困難なのだ。
その為着地に手を使ったり、跳躍中に壁や木などに触れて勢いを殺すなどが必要になってくる。その際に使える手指・足指だが吸盤になっている蛙族と吸盤を持たない蛙族によって分かれる。(蛙族の間での一般論ではあるのだが吸盤を持つものは魔術の才能が、吸盤を持たないものは武術の才能に長けやすいと言われている。)
その為跳躍の技術は絡む要素が多く体系化があまり進んでいない。
また持ち運ぶ事に関しては手を使う事よりその大きな口を使う方がメリットのある場合も多く、舌との組み合わせにより口に荷を固定して4足で移動するのが最も難は少なかった。
二足で弾むように移動している今回の場合も、全力で追いかけてはいないなりに真剣には追いかけているのであった。
そのような女1、男2の一団であったが、1m程度3等身の物体との遭遇が状況に変化を産んだのであった。
地面にたてたそれは剣とは言い難い石の塊であった。それに手を置いているのはそれ以上に石の塊であった。
女には恐れがあった。あれが何かわからなかったから。だが止まらなかった。その横を抜けようと思ったから。
男達には恐れがあった。あれが何者かわからなかったから。だが止まらなかった。女が止まる気配がなかったからだ。
男達は目線を交わし、一方の蛙が頭上で剣を両手で構える。もう一方は跳躍をより前のめりにして飛び込む。
その勢いに騎士は会話をする機会を逃してしまった・・・。
飛び込んでくる蛙の勢いに応ずるべく、振るった鈍器は相手の剣を押さえる所か蛙ごと押し潰してしまっていた。また突撃する蛙を援護するべく投擲した剣は狙いを外し女へと刺さっていた。
騎士は失敗した。救おうと思ったのだ。女を。また蛙族の手から獲物の制限をとってしまうという点でも失敗したのだ。
蛙族は失敗した。まさか一撃で同胞を失うと思わなかったのだ。だが幸運でもあった女を殺すこと自体には成功したのだから。またそれは不運でもあった。目の前の相手にはそれが自分に殺気を向ける理由となるようであったのだから。
「ゲッゲッゲ・・・」
口元がひきつって声が漏れる。手は既に地面に着くか着かないかの前傾姿勢になっている。後方に跳ぶ為に姿勢を返る隙を作らなければ、自分は潰されるだろうと想像がつくから。
「・・・」
よもや名乗りをあげる段階でも情報を得る努力をする場合でもないと騎士は思っていた。そして何よりも相手を逃すことが一番の不利益になると判断していた。騎士の体ではこの機会を逃すと追いつけない事を理解していたから。
先程蛙族自身が構えていたように騎士は剣を頭上に構えてジリジリと足を擦らせていく。
蛙族の油は存分に蛙族を湿らせていたが、彼の口元のひきつりは叩き潰ぶされる瞬間までほぐれる事はなかった・・・。