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幕間 放課後の生徒会長

 カーンコーンと鐘が鳴る。

 金曜最後の授業も終わり、クラスメイトとのたわいのない会話を早々に切り上げ、工藤鷲鷹は生徒会室に足を進めた。

 来週行われる町内での美化活動への参加者名簿や、来たる夏休みに向けて期間中は上沼私立の生徒として節度ある行動をするよう(生徒に向けるというより、本音で言えば親御さんや社会人に向けてではあるが)配布するためのプリント作りなど、するべきことはたくさんあった。


「九条、か……」


 渡り廊下を歩んでいると、校門を抜けようとしていた二年生、後輩である九条一蹴の姿が目に入る。

 学生鞄を右手で掴んで背に回し、一人で帰ろうとしていた。

 彼に関することと言えば、あることをきっかけに今年度になってから調べたものが多い。

 九条一蹴。帰宅部。成績は中の下、運動神経は中の上。九条の同期の友人に話を聞く限りではテコンドーを一時期習っていたとか。

 帰宅後は不定期ながら喫茶店でアルバイトをしており、近しい人の評価では苦学生で頑張り屋。ある一点を除けば印象に残ることもない、普通の高校生。影が薄いわけでもないが、特別濃いわけでもない。

 それでも、鷲鷹の中では唯一許せないことがあった。


「何故あの男なんだ」


 一年の椎名小鳥の隣にいるのは、いつも九条だった。

 そのことが堪らなく不愉快で仕方がない。

 九条の姿が見えなくなった所で鷲鷹も生徒会室へ足を進め、窓際の席へと陣取った。コ型に設置された長机の中、ここが鷲鷹の中で定位置なのだ。

 己の仕事を終わらせるためにノート型PCを立ち上げる。

 遅れて三名の生徒会役員が入室してくるが、簡単な挨拶だけして手を進めた。

 文書作成ファイルを開き、例年作られているものを参考にキーボードを叩いていく。


「――ちょう、会長ってば、ちょっと工藤くん?」

「ん? ああ、吉井副生徒会長、何かな」

「もう帰宅時間ですよ。ずっと怖い顔して、熱心に作業されてましたから遠慮してましたけど」


 気がつけば日も傾き、黄昏が空を支配しようとしていた。部屋に付けられた丸型の壁掛け時計に視線を移せば、六時半を過ぎている。

 PC画面に目を移せば、既に七割型が完成しようとしていた。何も根を詰めて行う必要もなかったのだが、どうにもイライラの捌け口に利用してしまったらしい。

 熱中しすぎて周囲の意識が完全に抜け落ちていた。

 改めて生徒会室の中を見渡せば残りの二名は先に帰ったのか、鷲鷹と吉井の二人しかいない。


「鍵も先に受け取って来ました。さっさと私物をまとめて、戸締りして帰りましょ」


 吉井が鍵の上部に付けられた輪っかを持って、ぶらぶらと揺らす。

 整った目尻とウェーブのかかった赤鈍色の髪が近づき、吉井は愛想を振る舞った。


「すまなかった。ちょっと考え事をしていてな」

「あら、片想いしている相手のことかしら」


 テキストファイルを保存してPCをシャットダウンしていると、吉井から思いがけない声が掛かり、鷲鷹はどきりとした――が、平然を装って私物をまとめていく。


「面白い冗談だ。きみもそろそろ相手を作ってみては?」


 揺さぶりをかけられたら、揺さぶりを相手にかけ直す。こういうものは相手にペースを握らせるから駄目なのであり、こちらで手綱を握ってしまえばいい。

 告白されても全てを断る魔性の女、それが吉井麗美という女性だったはずだ。


「聞いたよ、今日も二人断ったそうじゃないか」

「単純に好みじゃないんです。それに、私の意中の相手は中々気づいてくれない朴念仁でして」

「酷い男もいるもんだな」

「まったくです」


 適当に会話を切り上げ、生徒会室を後にする。

 せめてもの償いとして付き合ってくれていた吉井に対し、鍵くらいは返しに行こうと言ってみるものの「私が返してきますから」と静かな声で返答されてしまった。

 吉井が角を曲がり、その背が消える。その時、鷲鷹の左ポケットでバイブ音が鳴った。

 手を突っ込み携帯を掴みあげれば、着信中にP5という文字が浮かび上がっている。

 クラブの会員か……。

 電話までしてくるということは何かしら急な案件が入ったのかもしれないと、鷲鷹は着信ボタンを押した。


「なんだ?」

「九条をいつもの駅前で見つけました。現在はひとりです。バイトという感じではないですが、どうします?」

「……後を付けて、出来れば人も集めろ。揺すれるネタが出来るかもしれん」

「はっ、こちらポーン。了解しました、キング」


 通話ボタンを再度押して切り、ついでに着信履歴も消していく。

 あの九条を椎名小鳥から引き離すことが出来れば、何でも良かった。

 昨日の一件も運が良ければと思い告げ口したが、対した騒動にまで発展しなかった。

 匿名のメールを用意して学校側に送りつけ、目撃証拠を付け加えたくらいでは効果が薄い。

 それこそ本当にホテルから出てくる所でも写真に収めれば……いや、それでは本末転倒かと鷲鷹は頭を振った。

 椎名小鳥は愛でるべき生きた芸術なのだと、鷲鷹は初めて見た時から感銘を受けたのだ。

 それを一介の誰とも知らない男に汚されようとしているなど、許せない。

 同士を集め、同じ目的趣味趣向の者たちで固く団結した。


「九条、一蹴ぅぅ……」


 椎名小鳥非公式ファンクラブ創設者、工藤鷲鷹は恨み言を唱えながら校門を通り抜け、学校を後にする。

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