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商店街のはぐれメタル

 死霊についての情報を共有し、九条は最寄り駅から電車に乗った。

 黄昏に満ちた空が哀愁を誘い、車内は帰宅ラッシュの一歩手前と言った状況。座席は一箇所を除いて空いておらず、吊り具に片手を引っ掛ける。

 車内のアナウンスが次の駅を告げた。聞き慣れた間延びした声を受けながら、九条は先ほどの内容を思い返していた。


 充てられた期間は三日間。

 三日を過ぎれば対処不可能と判断し、風華さんと交代する。

 期間内に対処できれば、報酬の7割を懐に入れてもいいという話なので条件は悪くない。

 対象は精神感応型らしく、今は使われてない元がホテルだった廃ビルに居座っていると報告書には書かれていた。

 危険性に関してはそこまで考えなくてもいいらしいので、気持ち的にはまだ余裕もある。

 

 精神感応型で一番厄介なのは多数の人が無作為に巻き込まれる場合なので、廃ビルに居座るなら好都合だ。 

 こっちに来るな、とかあいつが憎いといった精神操作の類しか出来ないならば、巻き込まれる人が居なければどうってことはない。

 逆に言うと取り壊しの工事が入る場合は厄介事になることが目に見えているので、工事が受注される前に対処しろということなのだろう。


 目的地の二つ前の駅に電車が止まる。

 慣性の法則に従って、進行方向に向かって身体が押されてしまった。流されきれないように左足で踏ん張ると、機械的な駆動音をあげながら扉が左右に開いた。

 降りる人乗る人で車内がごった返す。それでいて尚、不自然に一人分のスペースが空いた座席がそこにはある。

 周囲の人が空席に気づいている様子はない。

 皆が皆、何知らぬ顔で座席に座り、或いは吊り具に身を預けていた。九条もその光景を傍目に見ながら、我関せずとばかりに右方向へと流れる外の景色を眺める。


「……」


 これが死霊悪霊の(たぐい)なら、九条も何かしらの行動をしただろう。

 ただ、彼の様子から今はまだ無害な存在だと察することが出来る。

 よく通学途中で見かける学生服だ。二年前に受けた受験の際、ちらっと確認しただけだが、確か県立のS高だったような気もする。部活帰りが多いのか、今も同じ制服を身に包んだ男女がちらほらと確認できた。

 眼球を滑らせ、ちらりとその顔を盗み見る。大人しそうな顔だった。

 少々込み合った車内の中でこれといって顔色ひとつ変えず、ただ無気力な目をしているのは、自分が死んでいることがショックなのか。知性を失くしかけているからこそなのか、九条に判断付けることは出来ない。


 出来れば成仏して貰いたいところだが、関わりになるのもなぁ。


 自身に出来ることなどたかが知れていた。成仏させることと、除霊させることでは全く意味合いが違ってくる。駆け出しの霊能者である九条に出来ることなど、力に任せて対象をぶっ飛ばすくらいのものだ。搦手を使えるほど精通しているわけでもなく、悩みを聞いて満足させてやれるほど人生経験が豊富なわけではない。十七年しか生きていない小僧に何が嬉しくて相談するというのだ。


 ……例外もあるけどな。あの時はまいった。


 話しかけても返事をしない。自分の存在に気づいて貰えない。世界への関心を失くし、やがて無気力になり知性を失う。そんな中、自身の存在に気がつき話かけて返事をしてもらえる存在がいたら誰だって嬉しいに決まってる。

 分かっているからこそ、九条は気づかない振りを続けた。ある程度霊能の力を使えるようになって、過信していた頃痛い目にあったからだ。

 やがてガタンゴトンと音を立て、吊り具を基点に身体が左右に再度揺れ、電車の速度が落ちていく。気がつけば随分と思いふけっていたようで、目的地まで着いていたらしい。


 学生霊へと視線を向けることなく、人壁を掻き分けて車内から降りる。階段を降りる最中、九条はそう言えば人間以外の動物霊はどうなんだろうと頭を捻った。

 過去に一度聞いただけはあったが、風華さん曰く人型以外は知能が低いため未練が残らず、故に数も少ないとのことだった。知覚したことがないのでやはりピンと来ないが、祀られている場合などもあるし、例外もあるのだろうか。

 素質の問題かもしれないが……。

 いや、あるに越したことはないが、ありすぎるのも問題なのだから今のままでいいと思う。


 強すぎる力はそれだけ悪霊に狙われやすくなるし、扱う技量が伴ってなければ自身の力に翻弄されてしまうだけだ。

 中学時代に慣れない武術を齧って止めて、風華さんの所へお世話になりながら結局再開して。

 それは霊から自分を守るための方法とか、性質とか、いろいろ覚えておかないと憑き殺される。といったもので、並みの力しかない割に出来ることを十全に発揮できるよう鍛えておいたものだ。

 素質があろうがなかろうが、新しいことに手を出すとそれだけで、大なり小なり身の回りに影響は出てくる。

 浮遊霊絡みの依頼だったのに、不良グループに絡まれたりすることもあったりしたなぁ。と九条は過去を思い出して、


「はぁ……」


 気がつけばため息をついていた。

 どうしてこうなったと本気で考え直したかった。どこで人生設計を間違えたのだと。

 ツイてない。今ではバイト兼死霊退治のお手伝い。

 楽しくないわけではないが、納得できない部分もある。どうせ遠くない未来、霊能の力関係で厄介事に巻き込まれるぐらいなら、対処できる部分は自分で対処して、出来ない部分は風華さんに頼る。身近に知り合いがいるという安心感もあるし、更に給金も頂けるときたもんだ。

 一石二鳥どころではない。一石で三鳥か四鳥くらいある。


 それでも、こっち側の世界にくるくらいなら、あの喫茶店の客として風華さんと接していたいと切に願う。

 とにかく面倒事が嫌いなのだ。

 厄介事は最小限に、降りかかる火の粉からは全力で逃げる。だからこそ、急に湧き上がってきた予感は命中しそうで怖かった。


「これは逃げられないだろうな」


 ほんと、嫌な予感ってのはあったんだ。

 そのまま改札口へと通路の導くまま進んでいく。

 駅の名前を見て、ここ近辺じゃ若者が集まる数少ない一箇所だと思い至る。どうして説明された時気がつかなかったのか……。

 外の世界は太陽も沈んで、すっかり人工的な街灯で光るネオン街へと変貌していた。

 目的地である廃ビルを目指すには必ず通らなければならない、アーケード内にある商店街を歩きつつ、頼むから帰っていてくれよと九条は願った。しかしそんな想いも虚しく、突然背を叩かれる。


「あーっ、先輩先輩せんぱーい。来てくれたんですかっ!? 私、可愛げあるうさぎちゃん。椎名小鳥のためにバイトも早く切り上げて駅前に来てくれたんですねっ。小鳥のテンションは一気にローからハイへとギアチェンジ。もう一速から五速まで切り替えて、ついでにもう一個上げちゃいます」

「……マニュアルならバックしちゃうな、それだと」


 パンパンパンと、背に衝撃を生んでいた。下校時に別れた時よりも上機嫌にはなっているものの、これが神が定めた運命なら断固拒否したい。

 九条は肩を軽く竦めて、小さく息を吐いた。斜め後ろを歩く少女を見るため、首を回して確認する。


「あのな小鳥。お前こんな時間まで何してたわけ?」


 小鳥は背に竹刀袋を背負い、右手でたい焼きを頬張りながら目をとろんとさせていた。恍惚とした表情で口の中をもぐもぐとさせながら、リスのように細かく齧っていく。

 とりあえず大丈夫そうだと、下校時の状態が継続していないことに九条は安堵する。

 小鳥はたい焼きを口に含んだまま、勢いよく口を開いた。


「ふぁにって、もち、たへあふきつあーへふ!」


 食べ歩きツアー、だろうか。


「……今までずっとか?」


 こいつの偏った食生活を知っているだけに心配してしまう。小鳥は口に含んでいた中身を飲み込んで、


「んっ。アイスクリーム計六段相当に加え、チョコクレープにバナナクレープにイチゴクレープにキムチ納豆卵添え韓国風クレープに――」

「また随分と食ってんだな」

「いやぁ、商店街のみなさんがいっぱいおまけしてくれるもので」


 ……きっとそれは餌付けされてるんだよ、とは言わないでおく。

 商店街のデザート系の店主から見れば、一人で大量に買い食いする時点で良客に違いない。さながらはぐれメタル感覚だろう。

 というかなんだ。キムチ納豆卵添え韓国風クレープって。クレープ自体に卵を使っているのに卵を更に加えて、納豆は日本食なのにキムチ加えて韓国風。ネーミングセンスの欠片もない商品は果たして美味しいのか不味いのか、興味本位で買ったものなのか。相変わらずの食生活の偏りよりも気になるところではあった。


「それでそれで、先輩も今から食べ歩きに回ります?」

「いや、今日ここに寄ったのは仕事のついで」

「えー、まだバイトの途中なんですか? というか、いい加減何のバイトしているのか教えてくださいよー」


 教えられるわけがない。幽霊退治をやっているだなんて。

 第一信じてもらえず、更には精神に支障をきたしていると疑われでもしたら面倒だ。小鳥が可哀想な人を見ている様子を想像するのは安くない。

 仕方ないか、と九条は今日中に除霊することを諦めた。

 充てられた期間は三日ある。何も今日中にケリを付けろと言われているわけではないので、場所の確認がてら下見して帰ろうと結論づけた。下手に言い訳して撒いたとしても、後でも付けられると面倒だ。


「ついでというか、下見みたいなもんだ。バイトは終わってるよ。そうだ小鳥、美濃屋って喫茶店知って――」

「特大パンケーキのあるところですね!」

「……食べ足りないならそこいくか? 俺も晩飯まだだし、たまには外食も」

「行きますっ。付いて行きます!」


 聞き終える前に返答が届く。そもそもお前の判断基準はそこなのか。

 まあ小鳥が一般的な食べ物をあまり食さないことを知ってるだけに、数少ない記憶にあった特色あるデザートが出てくる店を選んだわけだけど。

 美濃屋なら廃ビルのある通りを抜けて、左折した先の数十メートル程の位置にある。そのため、確認するだけなら目視で行えるだろう。ホテルの廃ビルとはいえ、記憶が確かならそこはホテル街なはずだ。誰が見ているか分からない。変な噂が立たないためにも、少し遠回りをしなければならないが、場所さえ確認できれば問題ないはず。


 頭を下げて小鳥の顔へと視線を移せば、キラキラと瞳を輝かせていた。空想の中でパンケーキでも浮かべているのか、妙にほわほわとしている。これで尻尾でも付いていれば、嬉しさのあまり左右に振らしまくっていることだろう。……奢らないけど。


「やったーっ。って、はっ! これってデデデ――っ」


 たい焼きを包んでいた袋を丸め、小鳥はその場でぴょんぴょん跳ねた。両手を空へと挙げて、小柄な身体で精一杯飛び跳ねたためか、シャツはまくれ上がり上着がスカートの切れ目を超えた。普段見ることない肌が露出して、思わず顔を逸らしてしまう。

 ヘタレか。

 思わず自分にツッコミを入れたくなるのを抑え、九条は顔を背けた。僅かに頬が紅潮するのを感じ、右手で頬を抑える。またうるさく何か言われるかも知れないな、と出来る限りの平常心で小鳥へ振り返ると、小鳥は誰が見てもわかるほどに頬を朱色に染めていた。まるでやかんが沸騰したかのようだった。


「おい、大丈夫か?」

「デェト。これってデートだ、はじめての……はひっ」


 何かを呟いているのは分かったが、聞こえてきたのは可愛らしい返事だけだった。

 おろおろと左右を見渡して、あわわと妙に落ち着きがない。やがて大げさにすぅーはぁーと深呼吸をしているかと思うと、わざとらしく咳払いをする。急かしいやつだな。


「いやー、暑いですね。あはははは」

「夏だしな。でもこの辺はまだ涼しい方だろ、アーケード内だから冷気も届いてるし」

「それでもやっぱり暑いですよ。わたし、汗っかきですし。えへへ、匂います?」


 小鳥は照れながらも襟足を掻きあげ、その細い首筋を見せつけてくる。襟の上から覗かせるその姿が妙に艶かしく、九条は小鳥の頭上に手刀を繰り出した。


「あうっ」

「なんで首なんだ。普通はするにしても腕とかだろ」

「うー、先輩は防具の臭さを知らないんですよ。篭手なんて蒸れに蒸れて臭いが取れないんですから」

「だからって、首元匂わせるとかどんな羞恥プレイだ」


 中学時代の授業でしか剣道はしたことがなかったが、授業の中身よりもまず防具の臭さに参ってしまった。汗臭いという次元の話ではなく、鼻を刺すような臭いの方が印象に残ってしまっている。そういう意味では毎日のように今もなお、現役で防具を装着している身としてはやはり気になるのだろうか。でもだからって首はないわなぁ、恋人でも有るまいし。


「わたしはどんなプレイでもいいですよ」

「おう、好き勝手言ってろ」


 道すがら歩いていくと、目の前の信号が赤に変わる。

 九条は左手に見える軽い傾斜の付いた上り坂に目をやった。周囲を満遍なく照らす電光灯とは違い、その空間は全体的に薄暗かった。それでいて看板だけが怪しく光る。

 九十分いくらだの、ナイトでいくらだのと看板だけがその身を主張し、今まで通過してきた道のように客引きしている人は皆無だ。居るとすれば、スーツを着込んだサラリーマンや若くチャラそうな青年がちらほらと。何れも女性を引き連れていた。

 ホテル街。駅周辺では北と南に一箇所ずつあったはずなので、反対側も似たような感じなのだろう。

 その一角で、工事用のシートが掛けられた建物があった。感覚を研ぎ澄ませれば、確かにその奥から嫌な気配が伝わってくる。潜伏場所はあそこで間違いないだろう。


「先輩、どうしたんですか? 怖い顔してますよ?」

「いや、なんでもないよ」


 意識を集中し、感覚を研ぎ澄ませていたためか、小鳥に下から覗き込まれるまで気がつかなかった。表情への配慮まで出来ておらず、心配げに見つめてくる後輩にあっけらかんと呟く。


「えーっ、そっちに何か――ってどんなプレイさせる気なんですか!」


 それでいて尚、その奥に何があるのかと視線を移した小鳥は何を思ったのか大きく叫んだ。

 視線を追えば廃ビルの一個奥、そこにはSM御用達と書いてあった。


「どんなプレイでもってわたし、そこまで身体を許したつもり、あああ、ありませんからね! ねっ!」

「二度も言わんでいい。俺もそんなつもりないから」

「……ないんですか」

「なんで残念そうなの」


 信号が青に変わったのを境に、話を断ち切るため小鳥の肩をぽんを押してやる。華奢な身体は押し出される力に逆らえず、小鳥は「むー」と文句を垂れて歩き出した。


「ほれ、行くぞ」


 場所は確認したし、明日だな。

 結局、この日は幸せそうに十段重ねのパンケーキを平らげる小鳥を見ながら、夕食を一緒に食べて帰った。

今更ですがコメディというより日常系な気がしないでもない…。

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