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喫茶リコリスにようこそ

 カーンコーンとチャイムが鳴っている。

 後日談というか、既にあれから一週間が経っていた。

 それでも変わりなく授業も終わり、あとはただ帰るだけ。なのにまったく動く気力はなく、九条はただぼぉーっと自身の席から外を眺めていた。

 風華さんからは一週間の休暇をもらったが、除霊関係の仕事がないならウェイトレスでもやりますよと言ったのに、聞き入れて貰えなかった。

 幸い金銭面に関しては先の一件で成功報酬である七割を頂いているため、夏休みまでなら問題はない。


 ただ、最近は帰っても何もすることがないので暇を持て余しているのが今の現状である。そして、一週間経った今でもあの時の情景が頭から離れない。

 あの後はいろいろと一騒動あって。ファンクラブの連中に小鳥も、あの時の記憶は失くしていた。ファンクラブの連中は流石に知らないが、風華さんが独自に対処したらしい。怪我も打撲痕くらいで、三日後には何人か学内で見かけている。小鳥に関しては一緒に連れ出て意識が戻るまでは駅前のベンチで待ってたわけだったが。

 起きたら起きたらで「あれ、せんぱい何しているんですか? っていうか、あれ、私はなんでこんな格好にーーっ!?」と、安静にさせないといけないよなぁ、と膝の上に頭まで乗せてやったってのに叫ばれた。理不尽だ。


 小鳥に関して知る限りなら、ここ一週間は自宅療法を受けているとかいないとか。学校にも姿を現さないから、ちょっと心配ではある。

 

「はぁ……」

「ちょっと、九条どいてくんない? 掃除の邪魔よ」

「んあ、ああ、悪かったな」


 背後から聞こえるツンの入った委員長の言葉を聞き流し、今は誰とも関わりたくない気分だったので捨て台詞よろしく、的な感じで顔も見ずにそのまま校舎の外へと足を進める。

 そういえばあの一件以来、姿を現したファンクラブの連中だったが、ここ一週間は大人しくなるかと思えばむしろ活発に行動していた。


「やぁぁぁぁぁっ!」


 こんな感じで、人目を気にせず襲われるのだ。雨宮という霊に関わった後遺症なのか、少々欲望に対して自制が効いていないようだ。

 校門を出た途端に背後から聞こえる気合の入った叫び声。振り下ろされる獲物を……見ると木刀だった。その一撃を、身体を僅かに左にずらすことによって回避し、裏拳一発。知らない男子生徒は「ぐはっ」という王道的な声を漏らしつつそのまま崩れ倒れてしまう。


 どうやら小鳥がいない今こそ、小鳥から隠れてやる必要もなく、もっと大々的に出来ると考えた結果らしい。

 喧嘩は別に好きでも嫌いでもないが、人前で襲うのだけは止めてほしい。こっちが悪いみたいじゃないか。


「九条、お前には負けないからな……ガクっ」

「お、おう、そうか。まぁ程々に頑張ってくれ」


 これなら小鳥にまとわり憑かれた方が幾分かマシというものである。居なくなって初めてわかる大切さ……いや恋とかじゃないけど。いかんな、あの一件以来妙に意識してしまっているかもしれんと思いつつ、九条は頭を掻いた。  

 あの時――バイバイ、と最後に囁くような声。それが何故か心の奥底にもやもやと残っている。

 それが原因なのか。あの一件全てが原因なのか。それは分からない。


 でも、少なくともやっぱり一人でいるのは辛い、と思える時もあって。中学三年の時に黄泉下り坂で一人にされた感覚とは違うというか。今の環境に慣れ過ぎたせいだろうか。いつも横には小鳥がいて、バイト先には風華さんがいて、バイト帰りに夜道を歩いていると襲われて。

 それは一種のサイクルで、身体が覚えてしまっているのかもしれない。だから何かが欠けた時に違和感を覚えるのではないだろうかと、普段考えないことを考えてしまう。


「まっ、考えても仕方ないんだけど」


 どこか投げやり気味に、どうせ考えても数学みたいに答えは出ないし。歩いて、歩いて、とりあえず風華さんのところで珈琲でも貰おうかな、と考えつつ更に足を進める。バイトとして働きにいけないなら珈琲を飲みにいけばいいじゃないとは昔の偉人の言葉だ。


 見えてきたのは特徴ある白い壁。喫茶店リコリスはただいま開店中。窓ガラス越しに見る店内に客は……やっぱりいない。

 今日も適当に風華さんの相手して、その後で小鳥の見舞いでも行ってみるか? と考えてドアノブを引く。出迎えたのはカランカランというカウベル特有の乾いた音。


「いらっしゃ――なんじゃ、そなたであったか」


 そしていつものように声を掛けてくる風華さん。


「もう一週間経ったのじゃな、身体は十分休められたかの?」

「十分過ぎるほどです。ってか休みなんて要りませんでしたのに」

「なぁに、そう言うでない。休める時に休むのも必要じゃが、なに、ちぃとばかし面白いもんがあっての」

「……面白いもの、ですか?」


 面白いものって何だろうか。風華さん、何を考えているか分からないから興味半分ちょっと不気味。

 とりあえずカウンター席に座り、おすすめブレンドを頼んでみると「何じゃ、仕方ないやつじゃのぅ」と本にしおりを挟んで風華さんは豆も挽き始める。


「最近、客は来ているんですか?」


 豆の香りが鼻腔をくすぐり、擦る音が妙に心地良い。

 珈琲専門店などを飲み歩いたことはないため、味の違いについては詳しく語れないが、この店の味もそう悪くはないはずだ。だというのに、客足は毎回少ない。依頼主以外で訪れるのは平日だと一日平均五組くらいだろう。だから、今日は何人来たのかなと九条が返事を伺っていると、


「午前中にひと組だけかの」

「相変わらず、閑古鳥が鳴いてるんですね」

「むしろ都合がいいくらいじゃ」

 

 相変わらず喫茶店としての体を為していないが、都合がいいって何のことだろうか。相変わらず風華さんが考えることはよく分からない。


「だから面白いものを、まぁ正確には拾ったんじゃが、そなたもきっと驚くぞ?」

「……お披露目してくれるんですか?」

「うむ」


 そう言って、風華さんは挽いた珈琲豆にお湯を注ぎ込み、再び腰を降ろした。分厚い文庫カバーをぺらりと捲り、読書を再開している。


「何拾ったかは知りませんけど期待せずに」待ってます。と九条が言おうとして、


「倉橋さーんっ! これこれ、どんな感じでってきゃー、先輩じゃないですかっ! なんです? 可愛げあるうさぎちゃん、小鳥を追いかけてこんな所まで!? もう感激で小鳥は飛び跳ねるとかじゃなくてお空を飛んじゃいそうじゃないですかーっ!」

「……」


 空気を読まずに店の奥からいつも通りのハイテンションで現れてきた小鳥はいつものように俺の背をビシビシ叩いていた。

 流石は小鳥だ。何かを差し上げたいぐらいだ。空気読まずベストハイスクールクイーンとか。いや、いろいろと英語おかしいけど。というかなんだ、これ。冷静になれ。小鳥がどうしてここに?


 理解しようと努力しても九条の頭は追いつかなかった。どうして? という目線を風華さんに送ると「やれやれ、向こうで静かに鍛錬しておれと申したのに」とか呟いていた。

 鍛錬? というか、小鳥は自宅療養中で学校も休んでいていたわけで、何より風華さんと小鳥の繋がりも見えなかった。

 小鳥はあの時の意識を失ってたわけで。

 というかあれか、面白い落し物って小鳥なのか。そうか。小鳥か。……いや小鳥? 人間ってそもそも落ちているのか? しかしいくら考えても答えは出ず。


「……なんだ、その。お前は小鳥なんだよな?」


 いや誰がどう見たって柔らかなショートボブに人懐っこそうな瞳、可愛らしいフリルの付いたエプロンを着ているという点以外ではいつも見ている小鳥そのものなんだが、ちょっと待て。というか、ちょっと待て。やばい、物凄い困惑している。


「先輩先輩せんぱーい。わたし、わたしですね、なんとっ! 実は幽霊さんが見えるんですよー」

「あぁ、幽霊ね。はいはい、幽霊ね。俺は絶対驚かない。何があっても驚かない。そう決めた。今決めた。……というわけで風華さん、これってどういうことかご説明願いします」

「拾った」

「驚く以前の問題じゃないですか。もっと詳しく説明してください!」

「開花した」

「なんかいつもとキャラ違いません!?」

「素質があった」

「……あの、風華さん」

「うるさいのぅ。読書中なんじゃから、邪魔しないでおくれ。騒いだところでドリップの時間が短くなるわけではない」


 怒られた。

 仕方ないので九条が恨めしそうに半目を開き、ジト目で睨みつけていると風香さんは諦めたのか、本題を話し出す。


「あの時雨宮とやらと小娘が同化しておったじゃろうに、それを見てぴんとな。街中を歩いておったところを故意に狙って拉致したんじゃが」

「話がいきなり飛んだ!?」

「せんぱーい。ここって、楽しいですねー。奥の部屋の地下にいっぱい変な幽霊さんが湧き出てるっていうか、倒しても倒しても出てくる何かのアドベンチャー施設みたいでめちゃくちゃ楽しいじゃないか? もう先輩ったらこんな楽しい場所を隠していただなんて意地悪ですよー」


 小鳥はここを何かの娯楽施設だと勘違いしているらしい。

 ……というかなんだ、地下って。しかも沸き出るって。風華さん、そんな場所を知らないんですけど。そもそも死霊の類をここの地下で飼い慣らしているとか物凄い不気味なんですけど。


「ということでな、その娘はここで雇うことにした。不定期じゃがの」


 我関せず。早く読書の続きをさせろと言わんばかりに風華さんは話を完結させようとしている。納得出来ない部分が多すぎる。


「はぁぁぁ、ぁ」


 今度は大きく深いため息。最近はため息のをする回数が増えてきたような気がする。

 まぁ、それでも。詳しいことは後で改めて聞くとして、


「せーんぱいっ。先輩も行きましょうよー。楽しいですよー」


 ズルズルと。九条の右腕に自身の腕を紛れ込ませてくる小鳥はやはり嬉しそうに笑っていた。


「小鳥、あのな、ちょっといいか?」

「はい? なんですか、先輩?」

「……今楽しい?」

「もちろんですよー」


 やっぱり笑っていた。それはいつも見ていた光景で、あの一件以来九条が妙に意識しているだけかもしれなかったが、やっぱり小鳥も女の子で、


「はぁ……そっか、そうだよな」


 首を傾げる小鳥。引きずっていた足が止まって、「先輩、どうかしました?」と尋ねてくる。


「いや、なんでもない。気にするな」


 バイト先にまで小鳥が出入りし始めて、これからもまた、一層賑やかさが増しそうだと実感する。  

 まぁその一方で、死んだ人の言葉でここまで影響受ける自分もどうかと思うんだが。

 吊り橋効果? いやいやいや。

 ……というか、ちょっと待てよ? 改めて今の状況を考え直してみるとこれから以前の問題で、ほんの十分後の俺ってどうなるんだろうかという疑問も沸き出てきたんだが。


「ふぅーん、そうですか。じゃ、行きましょーう!」

「……何処に?」


 結果は分かっているような、分かっていないような。


「面白いところですっ!」

「なんじゃ、今からでーと、かの。妾は邪魔するつもりもないのでな、存分に楽しんでくるが良かろう」


 ズルズルと引きずられて嗚呼、風華さんの姿が見えなくなって、しかも変な方向に誤解されて、


「ちょっと待て小鳥、やめろ。今日の俺は珈琲を飲みに来たんだッ」

 

 結局、騒がしさは増すばかり。

 九条が必死の抵抗を見せる中、突然の来訪者がその場にやってくる。

 カランカランとカウベルの乾いた音が鳴り、入口に立っていたのはスーツ姿の男性だ。

 九条が固まり、小鳥はきょとんし、その中で風華さんだけは凛とした声で言った。


「喫茶リコリスにようこそ、ご依頼人」


 男の手には彼岸の花が薄く伸ばされた、一枚の紙が握られていた。



 END


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