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逃げ出した僕は、後悔した。
動画は、TVでも報道されていたらしい。
街の人々が、僕を襲いにくる可能性だってあるのだ。
…殺しにくる。
「あぁっ…もうっ…ハッ…ハァッ…!!」
足が痛い。
普段走ることなんてないのだ。
数十分も走れば息が上がり、足もまともな動き方が出来なくなる。
酸素を、酸素を。息をたくさん吸えば吸うほど喉は渇いて苦しくなる。ここはマラソン会場ではないので水を渡してくれる人などいない…
普段から走って鍛えておけばよかった。体育はきっとこのような時のためにあるのだ。
とにかく、遠くへ。
人通りの少ない道を選ぼうとするが望み虚しく、人、人、人。
「っ…!!!!」
行き止まり。
もはや詰み。
有名なゲームのように僕は代わりが五人も十人もいない。
ここで死ねば、人生が終わる。
今まで、クソみたいに苦労してきたのに。
一般人は凶器を持ち僕の方を見ている。
…馬鹿だなぁ。
どうせ能力を手に入れることができるのは一人だけなのに。
また、殺し合いをし始めるとわかっているはずなのに。
それなら、僕が生きよう。
僕は、目を閉じた。
暗闇はこの苦しい状況を視界から消してくれる。
幾分かは落ち着いたがまだ心臓の音がドッドッドッドッと聞こえた。
大丈夫、大丈夫。
恐怖心を断ち切り、集中する。
僕には、能力がある。
「止まれ」
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ふらふらと足を運び、ビルが立ち並ぶ裏の商店街についた。
秋が着実に近づいてきている今日この頃、残暑の熱が僕から水分をとっていく。
なんとか、逃げた。
まだ時を止めたままだ。
緊張がとけ疲労が一気にくる。
もう逃げるのは十分だ…
「このまま、時を止めたまま逃げればいい。」
こんなにも簡単な事だった。
「ハァ…ハァッ…」
足はもつれ、視界は眩み出した。
そうか、能力を使っていると体力が削られるんだ。
僕はあまりの辛さにその場に倒れこんだ。
帰ってシャワーを浴びて、ふかふかのベッドに寝たい。
これ以上時を止めていると本当に死ぬのではないだろうか。
そんな危機感を感じた。死んでは元も子もない。
「も、もどれ…」
なんで、僕だけこんな目に合わなきゃいけないんだ。僕が、僕が何をした。
涙で潤む目を誤魔化すように空を見上げる。
日差しはとても、暖かい…
ビルの壁に身を委ね、僕はいつのまにか眠りに入ってしまっていたのだった。
目が、覚めた。
身体中が痛い。
さっきとは全く違う、物理的な痛みだ。
立とうとするが手と足を縄で拘束されている事に気づいた。
暖かかった日差しのない、陰に潜む路地裏のようだ。
えっ…?
一気に青ざめる。
そうか、僕は、捕まったのか。
同時に諦めの気持ちが心を満たした。
いっそ、殺してくれ。
もう、嫌だ。
目を凝らして奥の方を見ると、見た目からして不良の男性が五人いた。
誰が僕を殺すか話し合っているようだ。
…いつもそうだ。
僕には何故か、不幸中の幸いが訪れる。
今なら逃げることができる、でももう能力は一秒でも使うのが辛いし、この拘束を外さなければ意味は無い。
「じゃあさ、いっせーのーででナイフを刺そうぜ、それなら運しだいだろ?」
自分を殺す方法を話していると思うと吐き気がしてきた。
吐き気も何も、朝から何も食べていないので出るものなどないのだが。
全身がガタガタと震える。
全身で死にたくないと自分に伝えているようだ。でもきっと、ここで死ななかったら僕はもっと辛い目にあうんだ。
「よう、またせたな、能力者。」
涙が滲む。
あぁ、死ぬ。
五つのナイフが僕に迫る。
刃先は鋭い。ナイフに刺されたことはないが、アニメで刺されて叫んでいるのを何度も見る。
刺されてすぐ死ぬのではない。たっぷり苦しんで、血を出してから死ぬのだ。
怖い。
怖い。
「うああああああ!!!!!!止まれ!!!!!止まれ!!!!」
とっさに能力を使ってしまう。
ナイフはもう僕にあたる寸前だった。
避けることのできる位置に移動し、時を動かす。
「戻れ!」
僕に当たらなかった五つのナイフは、全員一辺に放たれ、仲間同士の手に刺さる。
「ぐあああああ!!!!」
もがき苦しんだ不良達は僕に目を向けた。
さっきとは違い、計画性はなく感情に任せて殺そうとしている目だ。
あぁ、殺される。
抵抗をする気ももはや起きず、僕は恐怖に耐えきれず目を瞑った。
向けられていたナイフのあたった感触はない。
目を開けると目の前には白衣を着た男性が立っていた。
「大丈夫?少年。」