一章3 ご都合主義的テンプレート
「うわあああぁぁぁぁ…あれ?」
情けない声で叫んでしまった、でも仕方ないと思う、いきなりあんなことされれば誰だって叫んでしまうだろう
まさか異世界への移動も足元に穴があいて落下する方法だとは思わなかった
自分の足元に穴があいたときはかなり焦った、どこで選択肢を間違えたのかと
しかし、穴から落ちたはずなのに気が付いたら俺は地面に突っ立っていた
しばらくの間、地面に棒立ちしながら情けない面を晒してうわああぁぁなんて叫んでいたわけだ、誰かに見られていたら変人扱い確定だ、とりあえず周囲には誰も居ないようでよかった
さて、まずは情報収集からだ、いや、その前にここは言葉は通じるのだろうか、通貨はどうなっているのか
とりあえず、周囲はひたすら草原だった、日本の田舎でも、ここまで草原だらけなところもそうないだろうと思う。緑いっぱいで空気が澄んでいる
その中で、俺が立っているところだけ、真っ直ぐ一本道の街道?のようなものになっており、この道の部分だけ草が生えていない
そんな場所で俺は今、住所不定無職で無一文なわけだ…詰んでいる気がしてきた
どうする…この異世界に生活保護なんてものはあるのだろうか、いや、あったとしても、生活保護なんて受けたら点数がマイナスになっていきそうだ、どうすればいい…
このまま何もせずにいても餓死して無間地獄行きだ、それは絶対に避けなければならない
俺は確かに死ぬ寸前、次の人生があるのなら、せめて普通の人生を送りたいだなんて願ったが、まさかこんな展開になるとは思ってもいなかった
だが、せっかくこうして新たに生きることに、生きねばならない状況になったのだ、どうせなら楽しく生きていきたい。前の人生は最悪だった、いや…今考えてみれば、俺は随分と恵まれていたのかも知れない
苛められているからなんだというのだ、地獄に落ちることを心配する必要もない、衣食住だって揃っている、そう考えれば、いかに俺が恵まれていたか、俺がどれだけ根性なしだったかがよく分かる
俺はこの世界で善行を積み、点数を稼がなければならない。それはいつ終わるとも知れない、辛い道のりだろう、だがここには、俺を苛めていた奴らはいない、それどころか、知り合いの一人もいない
俺はここから、ゼロから始めるのだ、今度は笑って生きて、笑って死にたい
そう出来るよう、努力していこう、今度は卑屈にならないように、過去の俺を知る者は、ここには誰もいないのだ、今度こそ、俺は笑って人生を歩んでいこう
俺はそう、決意を新たにした
とその時、後ろから張り上げるような声が聞こえてきた
「た、助けて下さいっ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一瞬、俺たちの頭がどうにかなっちまったのかと思った
その男は、急に目の前に現れたかと思うと、泣きそうな声でいきなり叫び出したのだ
後ろ姿なので顔は分からないが、黒髪で中肉中背、この辺りじゃ見たことがない服装をしており、やけに小奇麗な格好だ
しかし…俺の直感が告げている、こいつはやばいと…
気狂いの類いには係わらないのが定石だ
いきなり目の前に出現して奇声をあげるとか、明らかにキ〇ガイだろ
俺たちはこれからお楽しみの時間だったが、こんなキ〇ガイの目の前で行為に及ぶわけにはいかない
幸い、目の前の変質者は、後ろにいる俺たちには気が付いていないようだ
俺たちは気付かれないうちに、そっと離れようとしたその時、捕まえた女が叫びやがった
泣き叫ぶ声が聞きたいからなんて言って猿轡を外していたのが不味かった
女の声で変質者がこっちを振り返る
不味い、気付かれた…だがこっちは武器を持っている
あっちはどうやら手ぶらだ、だがこいつが真性野郎だとしたら、刃物による脅しも効かない可能性がある
前に同じような真性野郎に襲い掛かられたことがあったが、あれは本当に怖かった
盗賊の頭なんてやっている俺ですら恐怖したのだ、あいつら、体のリミッターが多分外れてやがるんだ、凄まじい力で俺を押し倒して、ナニを擦り付け――いや、止そう、トラウマが蘇るだけだ
俺たちはとりあえず武器を構えて奴を威嚇する
「それ以上近付くんじゃねぇ!」
俺は以前のトラウマからか、必要以上に声を荒げて叫ぶ
それ以上近付くな、本当に
なのに目の前のこいつは、一瞬だけ止まったかと思うと、臆することなく近付いてくる
「て、てめぇこのナイフが見えねぇのか!止まれ!」
何だこいつは…一向に留まる気配が無い
「俺だって近付きたくなんてないんだよ、その子を離してくれ、頼むから」
何を言ってやがる、こいつ…
そこで俺は、自分が勘違いをしていたことに気付く
こいつ気狂いなんかじゃない、俺の問いに答えやがった。それに何より、目に知性が宿っているのが分かる、なら何か?こいつは正義の味方気取りのマヌケ野郎ってことか…?
それなら面白れぇ。正義の味方なら、どう出る…?
「おっと、止まれ、この女がどうなっても良いのか?」
俺は村から攫ってきた女の首元にナイフを突き付け脅す
さぁ、これでお前は動けまい、どうする…?
するとどうしたことか、目の前の男は中空に視線をやっている
何だ、こいつどこを見ていやがる…
男は再び俺たちに視線を戻すと、信じられないことを言い放つ
「あぁ、それなら±ゼロだ、仕方ない、本当に残念だ、どうぞ、その子を殺すといい、非常に残念だが仕方ない」
とんでもないことを言い出した
なんだこいつ、この女を助けるつもりだったんじゃないのか…?
何が目的なんだこいつ
いや、ナイフを見て日和ったのか…?
見放された女は絶望の表情をしている、可哀想に
「そんな、お願いです、助けてください…!」
「馬鹿てめぇそれ以上喋るな、フラグが消える!」
今のは俺たちが言ったんじゃない、目の前の男の発言だ
これもうどっちが悪役かわかんねぇな
「お願いです、助けてください!」
女も必死に食い下がる
なんだこの絵面は…
「あぁっ!消えた、くそっ!これでもうやるしか…いやでも無理ゲーだろこれ…」
こんどは男が喚く
一体何なんだ、何がしたいんだこいつは