終章4 笑って、明日へと
魔神の部屋へと戻って来た俺は、俺がいた世界が入っていたラムネ瓶を手に取る
「魔神は倒した、もうノアも出てこれるのだろうか…」
しかし、ノアが出てくる気配は一向に無い
この瓶が封印の道具とかだったりするのだろうか、しかし瓶を壊すと世界まで壊れてしまうなんてことになったらどうしようか
俺は部屋の中をキョロキョロと見回すと、空のラムネ瓶が転がっているのを見つけた
もし瓶を壊すと世界に悪影響がでるようなら、空の瓶に移しかえれば良い
そう思った俺は世界が入った瓶を壊し、球体を手に取り、手のひらに乗せる
こうして見ると、本当に綺麗だ。この世界を、救えてよかった…
手に取った世界を見て感慨に耽っていると、球体が手のひらに沈んでいく
「なっ…?お、おいウソだろ!?」
慌てる俺なんかお構いなしに、球体はそのまま完全に掌の中に消えてしまった
「な、何で…せ、世界は無事なのか…?」
パニックになりながらいったい何が起きたのかと考えていると、俺は唐突に理解した
この世界は、俺の中にある。世界の全てが、俺の中に…
意識を集中すれば、遥か上空から世界を見渡すことが出来た
世界が、命が、その全てが、ここにある…
「俺は――」
さらに意識を集中させると、俺はその世界の大空に浮いていた
空に浮かんでいることにも驚いたが、俺の中にある世界に、俺自身がいることに驚いた
俺が今この世界にいるということは、魔神の部屋にいた俺は今、何処にいるのだろう…?
今は、さっきまでのような俺の中に世界の全てがあるような感覚は無い
「どうなってるんだ…?」
俺は一度世界から抜け出るように意識すると、俺は魔神の部屋で棒立ちしていた
今は、俺の中に世界そのものがある感覚がある
俺が世界に入れば、世界を認識することは出来ないが、こうして世界から出ていれば、世界を認識出来るようだ
「これじゃぁ、まるで神みたいだ――いや、そんなわけないか。とにかく…どうしよう」
どうすればいいんだろう
とりあえず、もう一度世界に入って、ノアに会ってみよう
そう思い、俺は意識を集中させ、再び世界へと赴いた
「やっぱり空に浮かんでるんだな…さて、ノアはこっちか」
世界に入る前に、ノアの…というか魔王城の場所は確認してある
俺は迷うことなく、魔王城の場所まで飛んでいく
ほどなくして魔王城に着き、扉を開ける
ノアは地面に両膝をついて手を顔の前で組み、目を閉じている
祈りを捧げているかのようなその姿には窓からの陽光が降り注いでおり、幻想的な雰囲気が漂っている
俺の無事でも祈ってくれているのだろうかと思うと、少しだけ恥ずかしくなった
「ノアー、やったぞー!魔神を倒したぞー!」
恥かしさを誤魔化す為、少し大きな声でノアに声をかけると、ノアはこちらを振り向き、体を震わせて目に涙を浮かべている
「ミカドー!!無事だったんだね!心配したんだよっ良かった、良かったよ…」
こうして純粋に心配してもらえると、何やら気恥ずかしいものがあるのと同時に、心配かけて悪かったとも思ってくる
「心配かけちまったな…でももう大丈夫だ」
「ホントに心配したんだよ…そのせいで日課の日光浴もいまいちノらなかったし…」
おい俺の気持ちを返せ
何だよ祈ってたんじゃなかったのかよ、何だ日光浴ってふざけんなばーか
「そうだ、そんなことよりも、聞きたいことがあるんだ」
そうだ、俺はノアに聞きに来たのだ
俺はどうなってしまったのかを。天使であるノアなら何か知っているかも知れない
「魔神を倒した後、この世界が入れられている瓶を壊したんだ、この瓶に入れられているせいでノアが出て来られないんじゃないかって思ってな」
「嗚呼、僕のためにそんなことをしてくれていたんだね…ハァハァ」
「うるせぇ黙って聞け。でだな、その後世界を手に取ったら、世界が俺の手のひらに吸い込まれて行ったんだ。そんで、何か俺の中に世界そのものがあるっつーか、とにかくそんな感じになったんだ…なぁ、俺はどうなっちまったんだ?世界はどうなったんだ?天使のお前なら何か分からないか?」
「それは、まさか…いやでも――」
「何か知ってるのか?何でも良い、知ってることを教えてくれ」
「ふふふ…今のミカドには僕が必要だって訳だね、僕が必要、僕が居ないと駄目、ふふ…。多分だけど、ミカドはこの世界の神になったんだと思う」
は?
神だって?そんなまさかと、そんな考えは一蹴していたが、本当に神になったとでも言うのか?
「ど、どういうことだよ?」
「天界にいた時に聞いたことがあるんだ。世界そのものをその身に宿すと、その世界の神になる…って」
「お、俺、世界が手のひらに吸収されてから、意識するとこの世界に入れるようになったんだ。でも意識を外せば、俺は世界から消えて、あの魔神がいた部屋に居るんだ。…なぁ、俺は今、何処にいるんだ?」
突然神になったとか言われても、まったく実感なんて湧かない
嬉しさどころか、怖さしか湧いてこない。そう、俺は今、何処にいるんだ?
俺はこうしてこの世界に存在しているが、意識を外すと世界から消えるってどういうことだ
魔神の部屋にいた俺は、今何処にいるんだ、何故この世界から消えると魔神の部屋にいるんだ
俺は、俺は――
「大丈夫だよ、ミカド」
そう言ってノアが俺を抱きしめてくる
まるで子供をあやす様に、俺の背中をさする
俺は今、きっととても酷い顔をしているだろう。でも仕方ないじゃないか、不安でいっぱいなんだ
俺はどうなってしまったのか、どうなってしまうのか
魔神の最期の言葉が思い起こされる
『俺は滅びない…何度でも蘇るのだ。俺の魂の欠片を取り込んだお前も、やがて俺と同じ存在になるだろう。っふふふ…その恐怖に怯えながら生きていくがいい…』
不安と恐怖の感情が、心を埋め尽くしていく
「そんなに思いつめなくても大丈夫、ミカドはミカドだよ、だから、大丈夫」
そんなノアの言葉の一つ一つが、俺の心の恐怖を溶かしていく
「ノア…ありがとう」
俺はそう言って、ノアを抱きしめ返した
「良いんだよ、僕はミカドに助けられた、救われたんだ。だから僕も、ミカドの為になりたい、助けてあげたいんだ」
ひとしきり抱き合っていたが、俺はふと冷静になる
何だか太ももに硬いナニかがあたっていることに気が付いたからだ
…感動が台無しだ
でも、今のノアの言葉でだいぶ救われた
俺は俺だ、何になろうと、何処にいようと、それは変わらない…だから、今だけは、別に良いかと思った
「ねぇミカド、ミカドはこれからどうするの…?ミカドは神になったから、おそらく輪廻転生は出来ないと思うけど」
そうなのか
でも、別に良い気がする。だって――
「そういうノアはどうするんだ?ノアをここに閉じ込めた魔神はもう倒したんだし、この世界から出られるはずだろ?」
「うん。たしかにもう出られるよ。でも、僕の居場所は、ミカドのいる場所だよ」
「そうか…俺は、この世界に居ようと思う。友達のいるこの世界に」
だって、俺はこの世界でなら、笑って生きていける
神なんて大層なものになっちまったけど、俺はここで、生きていく
「そっか、なら、友達に会いに行こうよ、二人でさ。大丈夫、ミカドと一緒なら、誰に悪魔と蔑まれても耐えられる」
「ノア、お前…良いのか?」
ノアは、この世界の人間に悪魔と呼ばれたことが心の傷になっている
それでも、俺と一緒なら、またこの城の外に行っても良いと言ってくれている
「うん。良いんだよ、ミカドが居てくれれば、僕はそれだけで良いんだ」
ノアが満面の笑みでそう告げる
「そうか…ありがとう、なら行くか」
「うん」
そうして、俺たちは二人で、城の扉を開け、カイルたちのいるディケイ町へと向かっていった
城から町までは、直ぐに着いた
俺もノアも飛べるし、そもそも城と町は目視出来る程度の距離しかないので、直ぐに着いてしまった
ノアは、もう少し二人だけで居たかったなぁとか呟いているが、聞こえないフリをして町に入る
町の中は、ドラゴンの肉のお祭り騒ぎがようやくひと段落してきているようだった。それでも、まだまだ飲んで騒いでいる人たちはたくさん居たが
「大丈夫だ、俺が保証してやる、お前は悪魔なんかじゃない、天使だ」
隣で震えるノアの頭に手を置き、今度は俺が言う
城を出る前は大丈夫だなんて言っていたけど、いざ人の前に来ると、やはり不安なんだろう
「ミナマエ!?ミナマエじゃねーか!お前魔王退治はどうしたんだよ?てか隣のかわいい娘は誰だよてめー死ね」
俺たちに声をかけてきたのはカイルだ
相変わらず軽口を叩いてくる
…いやまて、こいつ今何ていった?
「おい何黙り込んでんだ、てかその娘、随分きれいな羽が生えてんな、天使みてぇだ」
やはり、ノアをきちんと天使だと認識している
どうなっているんだ?
隣でノアも目を白黒させている
魔神を倒して俺がこの世界の神になったことで、人々の認識が正常に戻ったのか?
何はともあれ、これでノアの悩みは解消されたわけだ
「て、天使だなんてそんな…ミカドの妻のノアと申します、よろしくお願いしますね」
「おいてめー混乱に乗じていきなり何言ってやがる――おいカイル、違うからな?こいつの妄想だからな?」
「ミナマエ、てめぇ…俺に魔王を倒しに行くとか言ってカッコつけて出て行ったのに、何てことしてやがる、やはりお前は死ぬべきだ」
「だから違うっつってんだろ馬鹿。たしかに、魔王は倒しちゃいないさ、そもそも、魔王なんていやしなかったんだよ…だが代わりに魔神を倒してきたぜ、俺神になったぜ、神だぞ、すげぇだろ?」
「…あぁ、ミナマエ、やっぱりお前ドラゴンとの戦闘でお脳に重大なダメージを負ったんだな…あぁ、いいんだ、大丈夫、分かってるさ、分かってるとも、お前は神だ、うん、すごいな、すごいぞ」
おい何かすげーむかつくんだが
何急にやさしくしてんだよ、俺は嘘は言ってねーっつーの
でもま、これで良いのかも知れない。これからも、こいつらと馬鹿やって笑いあえたら、それはとっても楽しいことだろう
「おいミナマエ、大丈夫か?何急に微笑みを浮かべてるわけ?キショイわ…びびるわ…」
「うっせーよばーか。…カイル、ノア、これからも、よろしくなっ」
俺は、この世界で生きていく
俺は笑いながら、カイルとノアの首に腕を回して、そう言った
これにて完結です
ここまでお読みくださりありがとうございました
最後に登場人物紹介をしてそれで本当に終わりとなります