終章3
またも始まった殴り合いは、そう長くは続かなかった
またしても俺が床に膝を着く形で終わりを遂げる
「ここまでか…?お前の力はそんなものか?」
魔神は余裕を持った表情で俺を見下ろす
俺とて、一方的にやられているわけではない、魔神に幾つか手傷は負わせている、だがこっちが受けるダメージの比率が大きすぎるのだ
傷を負いすぎたからか、さっきまでの高揚感は既に無い、傷の再生もずいぶん緩やかだ
「まだ…まだだっ!」
そう、まだやられるわけにはいかない
俺は、まだ魔神の力しか使っていない。否、使えていない
ノアから貰った天使の力を、未だ使えずにいる、使い方が分からないのだ
「そうは言ってもなぁ、お前もう限界っぽいしな…そこそこ楽しかったけど、そろそろ終わりかな」
魔神はそう言って、何時の間に拾ったのか、あの部屋にあったラムネ瓶を取り出すと、俺に突き付け言い放つ
「さて、気づいているかも知れないが、これに入っている球体が、お前が行っていた異世界だ。こいつを、今から壊そうと思う」
なんだと…?
それが壊れたら、中にいるカイルやノアは…?
「もちろん、この球体を壊せば、中に住んでいる…というか、この世界そのものが死ぬ。…どうだ?今の俺、最高に悪魔っぽいだろ?」
「やめろ…」
「そう思うんなら俺を止めてみろよ」
魔神はへらへらと笑いながら俺をあざ笑う
「クソッタレがぁ!」
俺は魔神に向かって走り出し、瓶に手を伸ばす
向かってくる俺の腹目掛けて、魔神の拳がめり込む
「おえぇっがぁっはぁ…」
「俺に魂を吸収される前に、しっかりと絶望を味わっておけ、お前が守れなかったせいで、お前が余計なことをしたせいで、この世界は今から死ぬんだ」
俺は地面に這いつくばり、俺を見下ろす魔神を見上げる
俺のせいで…?俺が魔神に挑んだせいで、世界が死ぬのか…?
カイルやノアが、俺のせいで…
ふざけるな!冗談じゃない!
何としてでも、救ってみせる!守ってみせる!
その時、俺の胸に暖かな力が広がっていくのを感じた
これは、この力は…天使の、ノアの…
「さて、じゃあ壊すぞ――!?」
魔神の手に握られている瓶は、淡い光を放ち、壊れることなく存在していた
「お前…何しやがった?」
「やらせるかよ…その世界は、俺の初めて出来た友達のいる世界だ、お前なんかに、壊されてたまるかよ…!」
俺は魔神に向けて手をかざし、腕に力を籠める。俺の掌から光が放出され、魔神の肩口へと当たる
光の当たった場所は焼けただれ、ピンク色の肉に赤い血が染みている
魔神は光の当たった左肩の部分を見ると、焦ったような声を出し後ずさる
「痛…!こ、これは天使の力…てめぇ、やりやがったな…」
効いている!この天使の力を使えば、こいつを倒せる!
「お前のその魂…俺の魂の欠片の他に何が混ざってやがるのか思ってたら、そうか、天使だったのか…さっき言ってたノアって奴の魂だな?だがこの程度で勝った気になるなよ…?ふんっ!」
魔神は気合を入れると、左肩の傷が見る見るうちに修復されていく
こいつ、何でもありかよ!
「その力は厄介だ、そうだ、思い出したぞ、ノア…そうだ、たしかにそんな名だったな。天使の力は俺たち悪魔にとって厄介極まりない存在だ。だから見つけ次第異世界に閉じ込めているんだが…そうか、そいつがお前に力を貸したのか。だが、もうくらわんぞ。さっきの一撃で仕留められなかったことを後悔するがいい!」
「舐めんなっ!」
俺は再び掌から光を照射する
だが魔神は恐るべき速度でそれを回避し、一瞬で俺との間合いを詰めると、腹におもいっきり掌底を打ち込んできた
「がっふ…」
「おっと吹き飛ぶなよ?まだまだだ」
魔神は掌底を受けて後方に吹き飛ぶ俺の腕を掴み、無理やりその場に留まらせる
肩が外れ、筋線維がブチブチと音を立てて切れていく
魔神に頭を無造作に掴まれ、地面に思い切り叩きつけられた
「――ぁっ…」
頭が割れ、、血が飛び散る
…?おかしい、回復が始まらない
どうなっている、今までなら、もう回復し始めてもいいはずだ、何故…
いや、回復しないのならとにかく攻撃しなければ…
「おっとさせるか」
魔神に向かって再び光を撃とうとするが、魔神に腕を踏みつけられ、身動きを封じられる
「ぐっ…」
どうなってる
魔神の力を使っているときは、劣勢になりながらも、なんとか戦えていた
しかし今はどうだ?魔神の動きがまるで見えない
これは、魔神が強くなっているんじゃない、俺が弱くなっているんだ
天使の力を使っている間は、身体能力が低下するようだ、おまけにケガの回復も起こらない
魔神の力と天使の力は、同時に使用することが出来ないようだ
魔神を倒すには天使の力が必要だが、肝心の肉体スペックが低下するんじゃ、まともに攻撃を当てられない
俺は一度天使の力を引っ込め、魔神の力を引き出す
すると傷が瞬時に回復していき、幾分気分が高揚してくる
しかし、ダメージを受けすぎたせいか、最初の頃程の高揚感は無い、しかし今はそれで丁度いいかも知れない
「うっ…おオォ!」
俺は魔神の力による身体能力に任せて、力技で魔神を退かす
急に力を入れられたことにより、魔神はあっさりとバランスを崩し、転びそうになる
この好機を逃せば、俺に勝ち目はない。そう思い、俺は体勢を崩している魔神に足払いをかけ魔神を転ばせると、魔神に馬乗りになり、とにかく必死に魔神の顔を殴り続けた。殴ったそばからダメージが回復しているように見えたが、それでも遮二無二殴り続けた
その甲斐あってか、何発目だか分からないが、魔神の顔が熟れたトマトのように潰れた
そのままの勢いで地面まで殴ったおかげで、自分の拳まで砕けてしまった
これだけやっても魔神はおそらく死なないだろう
今の内に天使の力を使いこいつを殺しきらなければ…
「はぁ、はぁ…こ、これで終わりだ…!」
魔神の力を引っ込め、天使の力を引き出し、魔神の潰れた頭部目掛けて全力で光を放出しようとした矢先、頭の無い魔神が突如上体を起こした
俺は天使の力を使おうとしていたため、弱った身体能力では魔神に抵抗することが出来ず、逆に俺が馬乗りになられてしまう
今さっき魔神に放出しようとしていた光は魔神が急に起き出したせいで狙いが逸れ、魔神の右腕に当たり、肘の上あたりから、腕が千切れ落ちた
「ぐっそ…今のは危なかった…あともう少しだったが、残念だったな、これで俺の勝ちだ」
頭部の再生した魔神は自分の勝利を確信し、俺を見下ろしそう言い放つ
たしかにこの状況、詰みだろう
もはや普通に光を撃ったとしても、魔神には当たらないだろう。だが――
「なぁおい…そうやって、他人を見下してばかりいるから気付けないものってのもあるもんだぜ…!」
「何…?」
さっき放った光が魔神の右腕を貫通した後消えず、そのまま上空に留まっていたのだ
全力で放ったからか何なのかは分からない、しかしそんなことは今はどうでもよかった
魔神はこの光の存在に気付いていない、これが最後のチャンスだ、これで――
「くたばれ!!」
光の奔流が俺ごと魔神に降り注ぎ、その身を焼いていく
しかし俺には天使であるノアの魂の欠片が取り込まれているおかげか、光を浴びても平気だった
「ぐあぁぁ…ば、馬鹿な…!こんな、この俺が――」
全身を強烈な光によって焼かれた魔神は、そのまま動かなくなる
やがて魔神の体は岩のように固まっていき、音を立てて崩れていき、粉々になった魔神が風に巻き上げられ消えていく
「俺は滅びない…何度でも蘇るのだ。俺の魂の欠片を取り込んだお前も、やがて俺と同じ存在になるだろう。っふふふ…その恐怖に怯えながら生きていくがいい…」
既に魔神の体は粉々になっているにもかかわらず、何処からともなく魔神の声が風に乗り聞こえてきた
しかしそれ以降は魔神の気配は完全に消え、声も一切聞こえなくなった
「なってたまるか…。俺はお前とは違う…それに、俺にはノアの魂もあるしな」
俺は魔神と同じ存在になんてならない、なってたまるか
俺は疲れた体に鞭を打ち、最後の仕事をするべく、魔神の部屋へ向かっていく