終章2
先手必勝
俺は魔神の懐に飛び込むと、顎に向けて拳を振り上げる
しかし魔神はあっさりと避け、へらへらとしている。続けざまに何度も拳を振るうが、その全てがことごとく避けられ、まるで当たらない
「おいおい、様子見とかいらないからもっと本気で来いよ」
俺は最初から本気でやっている
しかし攻撃がまったく当たらない。魔神はまだ俺を舐めきっているはずだ、本気を出していない今が、こいつを倒す最大のチャンスなのに
ドラゴンを倒した時のような力が湧いてこない、どうすればあの力を引き出せるんだ
思い返してみれば、俺はこの力についてまるっきり理解していないと言っていい
何となく分かるのは、戦闘行動をしようとすれば力が湧いてくるというくらいだ
「くそっ…」
俺はつ悪態をつく
そんな俺を見かねて、魔神が訝しむ
「お前のその態度…さては、お前既に本気でやっているのか?」
不味い、気取られるな
俺が既に全力でやっていることを悟らせてはいけない
「はっ…んなわけねーだろう、が!」
俺は虚勢を張り、もう一度魔神に殴り掛かる
そうは言っても、上手く力が引き出せない、どうすれば良い…?
コノ戦いヲ楽しめばイイ
胸の内から、何かがそう語りかけてくる
何となく分かった。たしかに、そうすれば力を引き出すことが出来るだろう、でもそうしたら、俺はこいつと同じになってしまう
俺は戦いを楽しむためにここに来た訳じゃないんだ
「おいおいさっきと変わんねーじゃねーか…よっ!」
「うぶっ…」
魔神に腹を蹴り飛ばされ吹き飛ぶ
魔神は軽く蹴ったつもりだろうが、それでも骨が砕け、内臓が幾つも潰れ、血反吐を吐く
「うっあぁ…かはっけほ…」
血、血だ…
ドクンと胸が高鳴った気がした
駄目だ、それは駄目だと思っても、感情に抗えない
「っふふふ…」
体の傷が修復されていく
それと同時に溢れんばかりの力が漲ってくる、気分も良い
「あぁ…楽しいな、お前も、今そんな気分か…?」
俺は笑いながら魔神にそう問いかける
「あぁ…?んだよやっとエンジンかかってきた感じか?ダメダメだな、お前弱すぎてつまんねぇわ」
「そうか、そいつは悪かったな…今から、お前も楽しくなれるようにするからよぉ」
「そいつは楽しみだ」
「ふふふ」
「ははは」
どちらともなく走り出す
魔神が俺に向かい拳を突き出してくる
凄まじい拳圧だ、それだけで圧倒されそうになる
だが俺はそれを避けなかった。俺の腹に拳大の風穴があけられる
腹に穴を開けながらも、俺は笑いながら魔神の顔目掛けて拳を振り抜く
「何!?」
流石に予想していなかったのか、俺の攻撃は見事魔神の顔に命中する
魔神がたたらを踏み、後方に数歩下がる
魔神が後ろに下がったことで俺の腹から魔神の腕が引き抜かれる
血と内臓が溢れ、激痛が去来する。しかし今は痛みを感じようと、痛みが興奮に変わる
血を見ると気分の高揚が抑えられない
「くっやるじゃないか――」
魔神が再び俺に視線を戻すと、俺は既に魔神の目の前にいた
口から血を吹き出しながら、それでも笑いながら
「ごぼっあははっははははっ」
俺は心底愉快な気持ちになりながら、魔神に追撃をくらわせる
拳から伝わってくる、殴る感触が気持ち良い
おっ…今のは骨を砕いた、俺の腕の骨も砕けた
なら今度は足だ、足を使おう
魔神を蹴る、蹴る、蹴る
右足が変な方向に曲がる
執拗に蹴られた魔神の左腕も変な方向に曲がっている
俺は笑った、魔神も笑っている。お互いに血を噴き出しながら
先に根負けしたのは俺の方だった
肉体にかかる負荷なんて一切気にせずに攻撃したものだから、両手両足の筋肉が裂け、骨が砕け地面に倒れる
倒れた先から体が修復されていく
魔神も同様のようで、すぐさま体が修復されていっている
「あっはははっ最高だ、このまま永遠に戦おう!」
「そいつは良い!最高だぜお前!」
俺は体の修復が済むとすぐさま起き上がり、魔神に向けて再び殴り掛かる
「だがまだ足りない!まだまだだっ!」
俺の拳は魔神にあっさりと受け止められ、そのまま握り潰される
だが俺は怯むことなく、もう片方の腕で殴り掛かるが、それもあっさりと受け止められ、潰される
今度は蹴りを放とうとするが、俺がそうしようと思った瞬間、俺は魔神に蹴り飛ばされていた
壁を貫通し、地面を二転三転しようやく止まる
「ははっ…ごほっははは…」
全身の骨がバキバキに折れている
体の至る所から折れた骨が突きだしており、両手両足は明後日の方向を向いている
俺はそれでも笑っていた
このまま戦えば、俺は間違いなく殺されるだろう
それでも、俺はまだこの状況を楽しんでいた
「強いなぁ…っふふ、強い強い…俺は死ぬのか?死ぬ…まだだ、もっとやろう、もっともっと…」
俺は回復しきっていない身体を無理やり動かし起き上がる
「こいつは驚いた…お前本当に人間か?その闘争本能、とても人間とは思えんな」
「人間じゃないんじゃないか…ふふ、俺はお前の魂の欠片を吸収しているんだろう?俺も悪魔に近い存在なのかもな…ふふふ」
「一介の人間であるお前に、よく肉体と精神が持つな…いや、精神はもう駄目か?」
「駄目じゃないさ、俺は俺だ…今までの俺もこれからの俺も、変わらず俺は俺のままさ」
「そうかい」
「あぁそうだ…おしゃべりはここまでだ、また続きをやろうぜ…!」
「…そうだな、また続きを始めよう、今度は更にスピードを上げていくぞ?簡単にくたばるなよ?」
「っは、舐めんなよ…!」
そうして、また俺たちは笑いながら殴り合う