一章2 自称神様のありがたいご高説
扉を開け中に入ると、そこにはふんぞり返って椅子に座っている男がいた
この男、何処かで見たことがあるような――そうだ、あの時だ、俺が電車でGO(物理)をかまして死んだ時にいた、妙ちくりんな格好をした男だ
男は座ったままでこちらに声を掛ける
「何人かは気付いていると思うが…そう、お前たちが死ぬ寸前に見たのは、まぎれもないこの俺だ」
辺りがざわつきだす
ざわつくということは、やはり皆、死ぬ寸前にこの男の姿を見たということだろう
そんなことが出来る時点で、この男は普通じゃない、なら、この男が神様とやらなのか
「そう、お察しの通り、俺が神だ、ロビーにいた下級悪――あいや、天使からも聞いているだろう?」
そう、あの天使もどきは言っていた、詳しい説明は神様がしてくれると、ということは、この男が本当に神なのか?
だがどう贔屓目に見ても神様には見えない
胸元の大きく開いた黒いスーツのような服を着崩している、見た目ただのヤンキーだ
なんかこう、神っぽさが無い
「今なんか失礼なこと考えた奴いないか?」
そう言われどきっとする
神パワーとかで心が読めるとかだったらまずい展開になりそうだ
「まぁいいや…さて、お前らは死んだわけだ、それも自殺だ、一番やっちゃいけない方法で死んだわけだ。で、だ…お前ら自殺だから、点数がマイナス一万点オーバーなわけだ、こりゃまずいよな」
いや意味が分からない
こちらにも分かるようにきちんと説明をしていただきたい
「で、その一万オーバーのマイナスを浄化するには、最低でも一万日以上は地獄で魂の穢れを落としてきてもらわなきゃならんわけさ」
いや、ちゃんとわかるように説明してください
でも怖いので反論出来ない、周りの人たちも同じ様だ
「あ、最初に輪廻転生について説明しないとだめか、ったくめんどくせーな…んっとだなぁ――」
長々と説明されたが、要はこういうことらしい
・死ぬと輪廻転生する
・輪廻転生するには、点数が最低でも±ゼロでなければならない
・点数は生前に行った善行と悪行により加算されていく
・自殺は例外なくマイナス一万点。自殺の仕方により、より多くの人に迷惑をかけた場合迷惑量に合わせて マイナスが加算されていく
・マイナス点を減らすには、地獄に落ちて魂の穢れを落とさなければならない
・マイナス一点につき地獄の責め苦一日
と、いうことらしい
…どうしてこうなった
俺は電車に轢かれて死んだ、つまり、かなりの人数に迷惑をかけてしまっているだろう
最低でもマイナス一万点らしいから、俺はいったいどれだけの点数になってしまっているのだろうか、想像したくない
周りにも、似たような境遇の人がいるらしく、皆顔面蒼白で頭を抱えている
「さてそこでだ…慈悲深い俺が、お前らにチャンスを与えてやろうというわけだ、神っぽいだろ?こういうの」
自分に神っぽさがないことを気にしていたのかも知れない
自称神がそんなことを言っている、それにしても、チャンスとは一体…
「お前ら、異世界に行って善行を積んで魂の穢れを落として来い」
とんでもないことを言いだした
脈絡が無さすぎるような気がする
何故いきなり異世界なのか
「お前らの考えていることを当ててやろう、何で異世界?とか思っただろ?」
当たった、いや、今のは誰でも当てられる気がするが
それはともかく、何故異世界?
「まぁちゃんと理由はあるさ、まずお前らは、元の世界で生きることを諦めた根性なしだ。そんなお前らがまた元の世界に戻って何が出来る?そもそも、お前らは死んだことになってるんだぞ?死人が急に生き返ったりしたらパニックになっちゃうだろ?そこで異世界の登場ってわけだ、これからお前らが行く異世界は、俺の神パワーで生み出した世界だ。お前ら一人一人が、別の世界に行くことになる。まぁ多少似通った世界はあるだろうが、お前らが異世界でばったり会うなんてことにはならない。一つの異世界に付きお前ら一人だ」
話が勝手に進んでいく
俺たちが異世界に行くことは確定らしい
だが、この自称神がそんな回りくどいことをするメリットがあるのだろうか
それこそ、慈悲で俺たちにチャンスを与えてくれようとしているのか
「で、だ、別に俺だって慈善事業でお前らを異世界送りにするわけじゃない」
やはり何かメリットがあるのだろう
気になったのか、俺たちの中の一人が質問する
下手に発言して大丈夫なのかと思ったが、どうやら普通に答えてくれるようでほっとした
「何でってそりゃオメー魂が汚れてっと不味くて喰えたもんじゃ――じゃなくて、今、地獄も定員がいっぱいいっぱいでな、こっちの職員もいっぱいいっぱいなわけ、そこで考え出されたのがこの、異世界行って自分で穢れ落として来いシステムだ」
まんまである
またしても何か不穏な単語が聞こえた気がするが怖いので考えないようにしておこう
まぁつまり、異世界とやらに行き善行を積み、どうにか点数を±ゼロにしてこいと、そういうことらしい
だが、輪廻転生も異世界へ行くことも拒否した場合はどうなるのだろうか。ずっとここに居られるのだろうか
質問には答えてくれることがわかっているため、訊いてみる
「あぁ、その場合は問答無用で無限地獄行きだ」
だそうだ、冗談じゃない
それじゃあ俺たちは異世界へ行く以外選択肢がないじゃないか
「まぁいないとは思うが、異世界に行くのが嫌な場合、地獄に行って魂の穢れを落としても良いぞ?ま、お前らマイナス一万以上あるから、最低でも一万日以上は地獄の責め苦を味わうことになるがな」
誰がそんな方を選ぶものか
こんな所にはいられるか、俺は異世界に行かせてもらうぞ
「そうそう、言い忘れてたけど、異世界に行っても点数がマイナスのままで死んだ奴は無間地獄行きだからそこんとこよろしく」
はぃ?
さらっととんでもないことを言い出したぞこいつ
つまり…一万日以上かけて、確実に穢れを落としていくか、異世界に行ってギャンブルするかのどっちか(ただし失敗すれば無間地獄)ということか…
その発言を受けて、周りがまたざわめきだす
「あーあーお前らそんなにビビんなよ、大丈夫だって、異世界で善行積んできゃまずマイナスのままで終わるなんて無いからよ、まぁ途中で死んだりしなければだがな。あ、あとお前らが今どんだけ点数マイナスになってるのかと、積み上げた善行でどの位プラスになるかは秘密だぜ、その方がドキドキして面白いだろ?」
面白さなんていらないんで点数を見えるようにしてほしい
「さぁお前ら、異世界に行くか、地獄で地道に行くか、10秒以内に答えろ、10、9、8――」
無情にもカウントは減っていく
何なんだこの状況は、まだまだ、あまりにも説明不足だ、この状況で選べだと…
だが、答えなんて初めから決まっているのかも知れない
異世界に行く――
結局は、これも逃げなのかも知れない
地獄なんて恐ろしい場所へ行くまで、少しでも時間をかせぐための
でも、俺にはおとなしく地獄に行くなんてことは選べない、その結果、たとえ無間地獄に落ちることになろうとも、自分から地獄へ行くなんて選ぶ勇気は、ない
もうすぐカウントも尽きる
恐らくこのカウントに間に合わずにどちらも選ばなければ、無間地獄行きになるのだろう、そんな予感がする
俺は、震える声で、声にならない声で自称神に告げた
「――俺は、異世界に行く…」
「1、0…さて時間切れだ、間に合わなかったバカは無間地獄行きだ、お前らはせっかくのチャンスを棒に振ったマヌケだ、そのマヌケ具合を一生後悔しながら苦しんでいけ」
自称神がそう言ったかと思うと、いまだ地獄へ行くか異世界へ行くか決めあぐねていた人の足元に穴があき、一直線に落ちて行った
穴があいた瞬間、またあのおぞましい叫び声が聞こえてきた
穴があく前に耳を塞ぎ、こんどは穴の中を見ないようにしていたが、耳を塞いでいても、あの声だけは塞ぎきることが出来ずに、聞こえてきてしまう
…俺は絶対に、あんなところに落ちてやるものか
「さて、お前ら全員異世界に行くんだな…ま、そりゃぁ好き好んで地獄に行こうなんては言えないよな。じゃ、お前らの武運を祈ってるぜ…これからお前らが行く異世界は、お前らの世界のゲームとか色々参考にして適当に創ってるから、まぁどっかで見たことあるようなのが出てきても気にすんなよ。じゃ、精々魂をしっかり磨いて美味くなって――あいや、綺麗になって帰ってこいよ」
何やら不穏な単語を聞きながら、俺たちは足元にあいた穴から異世界へと落とされた
プロローグ終了
これから本格的な異世界冒険譚の始まりです
自称神様の狙いとは一体何なのか…それはまだ、誰にも分からない、分からないですよね?