三章2 魔の王―魔とは何か、悪とは何か―
「何たって、天使は両性具有だからね」
…天使、本当に天使だったのか、いやそれよりも、両性具有だって…?
つまり、両方付いている、と?
何だこれ、何だこれ…頭がどうにかなりそうだ
目の前のこいつは天使で両方付いていて――?
どうなってるんだ、ここは魔王城で、こいつは魔王じゃないのか?
「あんた…魔王じゃないな?誰だ、あんた?何故こんな場所に一人で居る?」
「そう!僕は魔王なんかじゃないんだ!君の言う通り!僕は魔王じゃない!」
テンションに付いて行けない、とりあえず、こいつは魔王ではないらしい。でも、じゃあ魔王は何処にいるんだ…?
「俺はここに、魔王が住んでいると言われて来た。出来れば、あんたのことも含めて詳しく説明してもらえると助かるんだが…」
「魔王が住んでいる、か…やっぱりそんな風に言われているのか、何だよ、こんなの絶対おかしいよ」
「いやだから、分かるように説明を…」
「あぁそうだったね、まったく、聞いてくれよもう――」
俺がそう促すと、魔王は顔をズイッと近付けてきて説明し出した
こいつは何でいちいち顔を近付けてくるんだ、至近距離じゃないと喋れない病にでも罹っているのか?
「えーとねぇ、どこから話そうかな、あ、僕の名前はノアって言うんだけどね、えーっとまずは僕が何でこんなところにいるのかって言うとねー、まず僕は(中略)だったんだけどね、もうここどこなの?って感じだったんだけど、せっかくだから神の教えを説いて回ろうと(中略)もうあったま来てさー、何で分かってくれないんだよ!って感じでね、ちょっと暴れたらね、ちょっと周りに裁きの雷とかいっぱい降っちゃってね、あ、やばいって思ったんだけどね、もう知ーらないって思ってさ、ここに戻ってきてね、でも(中略)もう一度だけ頑張ってみよう!って思ったところに君がきたのさ!」
長い
長いうえに分かり辛い、こいつ人に説明するの下手すぎるだろ
ストレスで寿命がマッハとかそういうレベルじゃない
「…とっても長いご説明、たいへんありがとう」
「いやいや、そんな、お礼を言ってもらうほどのことじゃ…それに僕も、こうやって話せたら凄くすっきりしたし、僕の方こそありがとうだよ」
このように皮肉もまったく通じない
良く言えば純粋なのだろう、悪く言えば馬鹿だ
「えーっと…今の話を要約すると――」
ノアは散歩中に妙な悪魔の男に攫われてこの世界に囚われてしまった
この世界から抜け出そうと試みるが一向に抜け出せない。困ったが、仕方ないかと諦め、せっかくだからこの世界の住人に神の教えを説いて回ろうと思い至った
ところが、この世界の住人は自分の姿を見て悪魔だ、神の教えを悪魔の洗脳だと言い、聞く耳を持ってもらえなかった
むかっ腹を立てたノアは何で分かってくれないのかと駄々を捏ねたところ、誤って周囲に雷を降らせてしまった
何度言っても分かってくれない住人に嫌気が差し、もう知るかばーかと言い残し、城に引きこもっていた
だが、やっぱりもう一度だけ皆に神の教えを説いてみようと思い至ったところで俺がここに来た、ということらしい
「…ということであってるよな?」
「そうだよっまったくひどいよね、天使の僕を悪魔呼ばわりだなんてさ、失礼しちゃうよね、でも良いんだ、君だけは僕を天使と呼んでくれるから」
後半の台詞を若干顔を赤らめながら言ってくる
反応するのは何だか危ない気がするのでスルーして次の質問に移行する
「なぁ、何故モンスターを使って人々を襲わせるんだ?悪魔呼ばわりされたからって、それはあんまりじゃないか?」
「モンスターを使って襲わせるって…何それ?」
ノアは本当に分からないと言ったふうに聞き返してくる
嘘を付いているようには見えない、どういうことだ?
「ノア…俺はここに来る前、魔王が――つまりお前が、モンスターを使って人々を襲わせていると聞いたんだが」
「えぇー!何それ!?そんなのってないよ、僕そんなの知らないよ」
「本当に知らなそうだな…なら、世間に広まっている話はデマってことになるのか」
「くっそー、それ絶対あのクソ悪魔の仕業だよ、きっとそうだ、もう何なんだよこの世界、悪魔を信仰する邪教徒ばかりだし…」
「何だって?どういうことだ」
「だってそうじゃないか、昔人々に聞いて回った時、僕をこの世界に攫った憎いあんちきしょうを神だなんてもてはやしてるんだよ?ムカつくったらありゃしないよ!」
「そ、そうか…なぁ、その神の容姿というか、特徴って分かるか?」
「忘れるもんか、胸元をだらしなく開けた、小汚い黒いスーツと呼ぶのもおこがましいクソみてーな服を着てるヤンキー崩れだよ、あのクソ悪魔め」
俺は、その人物に心当たりがあった
どういうことだこれは。ノアが言っているのは、確実に俺をこの異世界送りにしたあの自称神のことだ
…何だか嫌な予感がする、まるで、知ってはいけないものを知ってしまったかのような――
ノアは、俺の臭いを嗅いで、あのクソ野郎と同じ臭いがすると言った。それはつまり、あの自称神の臭いということだ。何故だ、一体何故…
「あぁー!やっと分かった!その臭い、君の魂からしてくるんだ、でもおかしいな?何で魂から?あれー?」
ノアがいきなり俺の胸を指差して叫ぶ。魂から…だって?どういうことだ
いや、俺のこの力…ドラゴンを倒したこの力…一体何なのかと思っていたが、じゃあ、つまりこれは、自称神の力だってことなのか…?
そして、俺をこの世界に送った自称神は、実は悪魔だった…?
いやまて、たしかに、神様っぽさはあんまり感じなかった、それに何より、あそこで一番最初にあった奴、手造り感満載な天使の輪っかと、所々色の黒い羽の生えた、妙に間延びした喋り方をしたあの天使もどき…あいつも実は悪魔だったんじゃないか?
でも、あの容姿は悪魔と言われた方が納得いく気がする
何だか急にきな臭くなってきた、真相を確かめるには、未だマイナスになっている点数を早く稼がなくてはならない
だが、もし本当に悪魔だったとして、本当に点数を稼いだら輪廻転生出来るのだろうか
いや…出来ない気がする、何となく
だが、どうする…このまま点数がマイナスのままで一生を終えたら、俺は無間地獄に行くことになってしまう
点数を稼ぎ自称神に会い、自称神を倒せば解決するんじゃないか?いや、そう都合良くいくだろうか
しかし、いったい何時の間に手に入れたんだか知らないが、俺は自称神の力を持っているということだ
なら、勝つチャンスもあるはずだ、そのためには、まず今発生しているクエストを達成し、点数を稼がなくては
「なぁノア、お前をこの世界に閉じ込めた悪魔を倒すために、協力してくれないか?」
「君の頼みなら喜んで協力するさ、僕は何をすれば良いんだい?それにしても、あのクソ野郎を倒すって、いったいどうやって…?というか、僕まだ君の名前を聞いていなかったね、教えてよ」
「質問は一つずつ頼むよ…名前は水前帝だ」
「良い名前だね、改めてよろしくね、ミカド」
「で、奴を倒す方法と協力してほしいことだが…そうだな、どこから話そうか、んーとだな――」
そうして俺は、この世界に来た理由、点数を稼げばこの世界から出られること、この世界から出て、自称神を倒すこと。今、魔王が世界に攻め込もうとしているというクエストが発生しており、侵攻を止めてもらえれば、クエストをクリア出来ることを話した
「ふむ…つまり、僕はどうしたら良いのかな?」
こ、こいつ…
何故今の話で分からないんだ
もしかしてノアはあまり頭がよろしくないのか?
「つまりだなノア、お前、丁度神の教えとやらを人間に説きに行こうとしてたんだろ?それを止めてくれ。そうすればクエストは達成されるはずなんだ、点数も今度こそプラスになれるかもしれない」
「なるほど、ふむ、最初からそう言ってくれれば分かり易かったのになぁもう…うん、なら人間に神の教えを説きに行くのは止めるよ、もう僕には君と言う理解者がいるからね、君さえいてくれれば、僕は何も要らないよ」
何だか危ない発言があった気がするが聞かなかったことにしよう
「あ、でも待って、それでミカドの点数がプラスになっちゃったらさ、直ぐにこの世界から出ちゃうのかい?」
「あ、いや…どうだろう、そこまでは分からないな」
「じゃあ、今のうちに僕の魂の欠片を君にあげておくよ」
何やらノアが変な事を言い出した